2本目(2)風邪の治し方

「結構驚かれましたね……」


「い、いや、真面目を絵に描いたような人やん、なんでお笑いサークルに?」


「いや、屋代先輩は昨年の立ち上げとほぼ同時に入って下さいましたね」


「立ち上げとほぼ同時に……?」


「ええ、いわゆる初期メンです」


「アイドルグループみたいに言うな」


「……」


 屋代が机の上で分厚い本を広げる。笑美が首を傾げる。


「……何をしてんねん?」


「勉強です」


「は?」


「先輩はお医者さんになることを目指しておられるので……」


「お笑いサークル関係ないやん!」


「サークル活動は別に良いじゃないですか」


「そ、それはそうかもしれんけど……なんでわざわざここで勉強を?」


「図書室は結構人が多いから集中出来ないみたいです」


「いや、家に帰ったらええやん!」


「ここは人が少ないですから」


「稽古するとき、気を遣うやろ! ゴホッゴホッ!」


「だ、大丈夫ですか?」


 笑美が再び咳き込む。司が心配そうに覗き込む。 屋代が眼鏡の縁を触りながら口を開く。


「……細羽、さっきから少しうるさいぞ」


「す、すみません……」


「いや、なんでアンタが謝んねん」


「うるさくしてしまったので……」


「そもそもここで勉強する方がおかしいやろ」


「君……凸込さんと言ったな……」


 屋代が笑美を見つめる。


「な、なんですか……?」


「風邪はこじらせると厄介だぞ、早く帰った方が良い」


「ライブでやるネタを決めたら帰りますよ……」


「……やはり君が今度のネタライブに出るのか?」


「そうですよ、だってウチしかツッコミがおらんでしょう? ……ゴホッ!」


「確かにな……ならばなおさら、その風邪を何とかしなくてはならないな」


「そ、そうですね……」


「ふむ……」


 屋代が立ち上がり、笑美たちに近づく。笑美が少し警戒する。


「な、なんでしょうか……?」


「風邪がすぐ直る方法を教えてやろう」


「ホ、ホンマですか!」


「ああ、僕は詳しいんだ」


 屋代が眼鏡をクイっと上げる。司が感心する。


「さ、さすが、医学部志望!」


「……ここにネギがある」


 屋代がネギを取り出す。笑美が驚く。


「ど、どこから取り出したんや……」


「マイネギだ」


「マイボウルみたいに言わんでください、持ち歩いてんですか」


「このネギを……」


「待て待て……」


「……尻の穴に挿せば治る」


「じっくりためてから予想通りのことを言うなや! あと、初対面の女子に対して堂々とセクハラかますな!」


「お気に召さないか……」


「当たり前でしょ」


「ならば、ラキを温めて飲むんだ」


「まずラキとは⁉」


「バルカン半島に伝わる強い酒だ」


「入手が困難そう! ここ瀬戸内海ですけど⁉ あと、未成年やから!」


「これも駄目か……」


「ラキの時点で気付いて下さいよ……」


「では、生ニンニクを……」


「ほう?」


「糸で数珠つなぎにして……」


「は?」


「首にかける」


「なんやそれ⁉」


「ブラジルに伝わる風邪の治し方だ」


「地球の裏側!」


「おすすめだ」


「面倒くさそう! そんな労力あったら風邪治ってますって!」


「ふむ、これも駄目か……」


「なんで有りやと思ったんですか……」


「それならば、これはどうだ?」


「……一応聞いておきますか」


「グアバの葉を額に貼る」


「グアバとは⁉」


「もしくは体にタイガーバウムを塗り、コインでこする」


「タイガーバウムって!」


「あるいは背中にオイルを塗って、ヘラでこする」


「こすらせるの好きやな! って、ちょっと待って下さい!」


「ん?」


「さっきから聞いていれば、それ全部民間療法の類でしょう⁉」


「ほう、よく分かったな……」


 屋代が感心したように頷く。


「ネギの時点で分かりますよ! なんなんですか⁉ 先輩、お医者さん志望なんでしょう⁉ ちゃんとした方法を教えて下さいよ!」


「薬を飲んで、暖かくして眠ることだな」


「結局それかい!」


「まあ、とにかく君には一刻も早く体を治してもらわなければならない……」


「はい?」


「今の一連のボケに対するツッコミで確信した……君はセンスがある」


「センスがある……それはどうもおおきに……って、やっぱりボケやったんか⁉」


「君となら良い思い出を残せそうだ……」


「え?」


「知っての通り、僕は医学部志望だ。これから勉強も忙しくなるし、無事に大学へ合格してからも、色々と大変なはずだ」


「はあ……」


「だからこの瀬戸内海学院お笑い研究サークル――今は『セトワラ』か?――での活動で、高校生活での思い出をひとつ作りたかったんだ……」


「そうやったんですか……って、先輩がライブ出るんですか⁉」


 笑美が司の方を見る。司が小さく頷く。


「ぼ、僕は作家志望ですから、せっかくですし、他の方々と組んでもらって……」


「ふむ……」


「よろしく頼む……」


 屋代が深々と頭を下げる。


「……よっしゃ、良い思い出作りに協力させてもらいます!」


 笑美が笑顔で頷く。

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