1本目(4)そして翌日

「はあ……」


「どうやった?」


 袖に下がった司に笑美が声をかける。


「む、むちゃくちゃ緊張しました!」


「そらそうやろうな」


 笑美が笑う。


「凸込さんは……」


「笑美でええって言うてるやん」


「え、笑美さんは緊張してないですよね、さすがに……」


「いや、緊張しまくりよ」


「え?」


「見てみ、このペットボトルを持っている手」


 笑美は小刻みに震える手を見せる。


「あ……アルコールは二十歳になってからですよ」


「人をアル中にすんな。これは緊張からくる震えや。出番が終わってもまだ収まらん」


「そんなに緊張されていたんですか?」


「そら、するよ。人間やもん」


 笑美はペットボトルの水を一口飲む。


「で、でも、笑いの本場、大阪で活動されていたじゃないですか」


「場所とかそんなん関係あらへんよ。人前に立つというのはそれだけでかなりの覚悟がいるし、エネルギーも消費する……分かったやろ?」


「は、はい……身に染みて……」


「でも、そういうひりひりする緊張感っていうのも、良いパフォーマンスをする上では必要な要素やと思うんや」


「た、確かに……」


「この経験が今後のネタづくりに生きてくるかな?」


 笑美が笑みを浮かべる。


「そ、それはもう、確実に……」


「ほうか。それは期待やな。今後も頑張りや」


「はい……え?」


 司が笑美の顔を見る。笑美が頭をポリポリとかく。


「今更やけど、やっぱり極力目立ちたくないねん……何のためにこの学校来たのか忘れるところやったわ。舞台は今日限りにさせてもらうで。お疲れさん」


「そ、そんな……」


「凸込笑美は普通の女の子に戻りま~す」


 笑美が手をヒラヒラと振って、ステージ袖から去る。


「ねえ、あの人……」


「あ、本当だ……」


 新入生歓迎会の明くる日、廊下を歩いている笑美を見て、ひそひそ話をする女子生徒たちがいる。笑美は内心苦笑しながら、一人言を呟く。


「目立ってもうたか……まあ、今後大人しくしてたら、どうせ皆すぐ忘れるやろ」


 笑美は忘れ物を取りに、セトワラの部室に向かう。


「~~!」


「ん? なにか騒がしいな……まあええか、失礼します……」


「あっ! 笑美さん!」


 司が笑美を見て声を上げる。笑美が視線を向けると、複数の生徒に詰め寄られている。


「借りたお金はきちんと返さんとアカンで」


「借金まみれにしないで下さいよ!」


「キミが人に囲まれることなんて他にないやろ」


「決めつけないで下さい!」


「あ!」


「昨日の人だ!」


 司を囲んでいた生徒たちが今度は笑美の周りに集まる。笑美は面食らう。


「うおっ⁉ な、なんですか……?」


「昨日のライブ良かったです!」


「今度はいつやるんですか⁉」


「え、えっと……」


 笑美が視線を司に向ける。司が口を開く。


「昨日の反響が凄くて……」


「ほ、ほう、これは思ったより……」


「またライブ見たいです!」


「私も!」


「俺も!」


「あ、ああ、そうですか、分かりました……ライブはまた来週にでも行う予定です! その際は是非ともお越し下さい!」


「わあっ……!」


 笑美の宣言に生徒たちから歓声が上がる。司が笑美に近寄り、小声で尋ねる。


「え、笑美さん……?」


「こうでも言わないと収拾つかんやろ……」


「ということは……?」


「お客の期待には応えんとな……こうなったらセトワラ、盛り上げていくで!」


 笑美が力強く宣言する。

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