7.嘘に方便、織り交ぜて
光莉の驚きように、過度な要素が加わっている、と気づいた美波。慌てて、顔の前で手を振る。
「いや、見つけること自体は然程難しくはありませんでした。問題は、別のところにありまして」
「問題?」
「こう、始まりと終わりが繋がらないといいますか……見つけた違和感があるとしても、それがフェイク動画にした理由と結びつかなくて。ずっと考えてはいるのですが、なかなか……」
そういえば、と光莉は思い出す。最初にこの動画を見た時点で、違和感がある、というような言い方を美波がしていたことを。
「もう少し私なりに整理してみようと思います。まだ考え尽くせていない、見逃していることがあるかもしれないので。第一、私が想定した推論自体間違っているということだって当然あり得ますし。納得できる答えがこのまま出なければ、また別の答えを導き出してみようと思います」
光莉は「分かった。ごめんね邪魔して。続けて」と返事をした。
しかし、正直なところよくは分かっていない。ただ美波の邪魔を、美波の推論の邪魔をしてはいけないとは思ったため、そう答えたのだ。
〈もぉーまた嘘ばっか言ってぇ~〉
ラジオから、突然モリモトの大きな声が響いた。音量が大きくなったわけではなく、パーソナリティーの声が大きくなったせい。
少し古いスピーカーであるため、若干の音割れをしたということも、皆の耳に届いた一因かもしれない。
光莉や片桐、波止中はスピーカーのほうへ思わず視線を向けた。
〈いやいや、違うんだって。本当の話なんだって。嘘じゃないんだよぉ〜〉
慌てて否定するマスオカ。いつのまにか進んでいた何かしらの話題で盛り上がりを見せていたらしい。
〈えぇ〜、そんなよく出来た話ありますぅ?〉
〈いやいや。嘘だとしたら、もっと上手い方法でついてるからね?〉
〈上手くって、そんな方法あるんですか〉
〈あるよ。とっておきの方法が〉
〈何です?〉
〈いいかい、嘘をつく時は嘘だけで話を作り上げちゃいけない。その中に要素として、少しだけ事実や真実を織り交ぜるんだよ〉
〈へぇ~〉
「織り交ぜる……」
美波は呟く。が、その声は小さく、ラジオからの〈そうして、作り上げるんだ。そうすると、不思議とね、現実味と重みが増すんだ。途端に信憑性がぐんと高まるんだよ〉というマスオカの声にかき消されてしまい、他の皆には聞こえていなかった。
〈へぇ〜……てか、これ、何の講義ですか、マスオカさん〉
〈うーん、社会を上手く生き抜く方法、だね〉
〈嘘も方便学、ということですか?〉
〈そんなのあるかぁ。強いて言うなら、まあそうだねぇ、社会学?〉
〈社会学、って、そういう学問なんですか〉
〈知らない。それっぽいかなと思って言ってみただけ〉
〈期待した私が愚かでした〉
〈まあまあ、モリモトちゃん。そんなに自分を卑下しないで〉
〈卑下なんて微塵もしてません。ていうか、低くなるという観点では、マスオカさんも同じですからね?〉
〈えっ、なんで?〉
〈嘘を上手くつけるってことですよ。別に自慢にならないですからね?〉
〈えっ、なんでよ?〉
〈ラジオ聴いたこれから会う人に、ああこの人は口や文面で褒めたり励ましたりしてくれてるけど、嘘を上手くつける人だから、実は本心は全然違うんだろうな〜なんて、心の中で思われちゃうんじゃないですか〉
〈ああそうか。確かにそうだね。今後の信用問題に関わるね……えっ、マジか、ヤッバ、そう思ったらそうとしか思えなくなってきた。ごめん、今のなし。カットしておいて〉
〈カット不可です。生放送です。垂れ流しです〉
〈あっ、そっかそっか。そうか、そうなのか〉
〈ちょ、マスオカさん、落ち着いて下さい。慌てないで下さい。何年もこのスタイルでやっているでしょ!?〉
何年もやっているんだ、と光莉は思った。
〈ええっと、その……はい、ということで。口は災いのもと、とはこのことですね〜〉
〈……CM、行きませんからね、マスオカさん?〉
すると、BGMが聞こえてくる。
〈……えっ、行っちゃうの、CM?〉
モリモトの驚きの声が虚しく、BGMに流されていった。
「もしかして……」
そう呟いたのは美波。すぐさまスマートフォンを横持ちにし、例の動画を再生し始める。
最後まで行くと、画面をタップして、右から左、動画の最後から最初へと戻す。別の動画も含めてそれを何度も、何度も繰り返していた。
時折、縦向きにして何かを調べたと思うと、また横持ちに変えて、動画を見始めた。いずれにしろ長い沈黙がまたも訪れた。
「そうか……だから、結びつかなかったのか」
美波の一言は、皆の視線を一斉に向けた。
「何、なんか気づいた?」片桐は興味津々に尋ねる。
「私、大変な間違いをしていました。この動画に映ったフェイクの要素を、信じていました。ですが、その前提自体、間違いだったのです」
美波は次から次へ言葉を出す。周りには分からない。ようやく解けたという喜びと解放感から溢れ出るものであり、理解しているかどうかは関係なかった。
「犯人は、そう、このフェイク動画の中に
「「「え?」」」皆の口が揃う。
「だから、穿った目で見てみました、逆に」
はっとする光莉。「もしかして、うつっちゃった?」
光莉の言い方は、感染と書いてうつると読むもの。対して、美波には何が
だが、不安そうな光莉がちらちらと視線を送る先に波止中がいたことで、意味を理解した美波。
「あっ、いや、そうじゃなくて。これまでのことを本来とは別のベクトルから見るという。そのような意味での、逆、ということです、はい……」
「ああ。本当に、逆に、考えたのね。よかったよかった」
安堵の表情を見せる光莉。波止中はその真意を理解していないけれども、良い意味ではないということだけは確かだと感じていた。その表情はなんとも言えない、どこか悲しげなものだった。
「これからお話しすることは」美波は集中していたせいで、少しずれていた眼鏡を直した。「あくまで、私の推論です」
この言葉を同じ日に二回聞いたのは、光莉は、初めてのことであった。
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