8.隠された虚実-ファクト-

 波止中は堪らず声を発した。「勿体ぶらずに教えてよ。この動画のどこに嘘があるの?」


「順に話すね」美波はスマートフォンの再生画面を皆のほうに向けた。「まず、この動画をもう一度ご覧いただけますか」


 そう言って見せたのは最初の、一本目に投稿された動画であった。


「では、流します」再生ボタンが押され、動画は再び流れ始める。


 三人は従順にまた初めから終わりまで、じっと画面とにらめっこをした。なんのことはない。同じ内容の最後まで動画がいくと、自然と止まった。すると、美波は向けていた画面を引っ込めて、「どうでしょうか」と皆に一言尋ねた。


 どうでしょうかと言われても……それが三人の脳裏に浮かんだ感想であった。


 互いに見合う三人を見て、気持ちを察した美波は、「では、該当の場面だけを掻い摘んでお見せしますね」と、言って動画を一気に真ん中辺りまで進めて、細かな位置を探り始めた。


「ええっと……あっこの辺だ」美波は手を止めた。「この、目のあたりに注目して下さい」


 目……言われた通りに、全員が目を凝視する。それは、教授のハラスメントを告発している最中のところであった。


「……あっ」最初に気づいたのは、光莉。「目、動いてる?」


「そうなのです。ほんの一瞬、カメラを見ている話者の目が上に外れるのです」


 美波はもう一度手動で戻し、流す。話し手の目線がふとカメラの上側にズレる。次の瞬間、映像が途切れる。それ自体を誤魔化すようにもとれる、編集点が入ったからだ。次の場面では、もうカメラ目線に戻っている。カメラの外を見ている時間はほんの一瞬である。


「あっ本当だ」片桐も反応を示す。


「一瞬過ぎて気づかなかった……」波止中も同様。


「動いた理由としては……」


 美波は動画を再び該当部分の最初の辺りへと戻す。だが今度は再生はしないで、停止したまま。


「背景の窓ガラスに映る、人影のせいじゃないかと」


 三人は身を乗り出す勢いで、画面を見つめる。

 ほんの一瞬かつほんの僅かであるが、画面の端辺りで、後ろの窓ガラスに人影が映り込んでいた。しかし、真ん中にいる彼女を見ていたら気づかないほど些細であり、その編集点のせいで、その直後に人影は消えていた。


「視界の隅で動く人影を捉えてしまった。もしかしたら、この部屋に入ってくる人がいたがために、無意識に目線が移ってしまったのではないかと思います」


 美波は続ける。


「他にも例えば、二本目には欠伸を噛み殺そうとする瞬間が映っていたり、三本目には若干視線の位置がカメラ目線のような変わっている部分があったり。どの動画にもそういった瞬間的な違和感が映り込んでいたのです」


「言いたいことは分かったけど……」片桐は眉をひそめた。


「ええ、特段おかしなことではない。ただ映っているぐらいにしか思わない。しかし、よく思い出してみて下さい。前提として、これらは全てフェイク動画のはずです。だとすれば、このようなシーンは、不要なはずではないでしょうか」


「いやいやミナっちゃん。それってこうとは考えられない?」片桐は腕を組む。「リアルに極力近づけるために、本物と大差ないように、犯人が敢えて入れた演出って」


「その考え方も一理あります」美波は頷いてみせる。だが、その表情にはどことなく余裕が見受けられた。


「だろ?」


「では、もう一つ見ていただきたいものが」美波は慣れた手つきで操作し、画面を皆に見せる。「四本目の動画です」


 映っているのは一本目と同じ場所。同じ画角。違うのは今度は、男子大学生がカメラをじっと見て、映っていたことだった。


「この部分を見てて下さい」


 美波が人差し指でさしたのは、画面の右端。デジタル時計であった。


「違和感に気づきますか」


 すると、光莉は「あれ?」と疑問の声を上げた。「時間、おかしくない?」


 片桐と波止中は目を凝らす。確かに、一瞬の編集点があった後、時計の表示が何故か、99:99、と表示されていた。その上、付いたり消えたりと点滅している。


「仰る通りです」美波はまるで珍しい趣味の仲間を見つけたかのように、嬉しそうか表情を浮かべた。


「いやさっき、一本目の動画を凝視してたおかげで、なんとなくね」


「特徴的なので、インターネットで調べてみました。そしたら、取扱説明書がヒットしました。見ると、どうやらこの時計、コンセント差込式の電波時計のようでして。コンセントを抜くと、時間がリセットされてしまうらしいのです」


「ほう。けど、それがなんだって言うの?」


「思いつきませんか? コンセントを抜く、つまり電気の供給が止まったということになるのですが……」


「電気の供給が止ま……」光莉がそこまで口にすると、「「「あっ!」」」と三人の口が揃う。


「「「停電っ!」」」


 こくりと頷く美波。「波止中くんが言っていた時期をもとに考えると、この四本目の動画の投稿時期は、おおよそ十日から二週間程度前の頃。一ヶ月前の大規模停電が起きた後ですし、一応の辻褄は合うかと」


 光莉はそこで疑問を思い浮かべた。だが、それを口にするよりも先に、美波が話を続ける。


「もしこれもリアルに見せるためのことだとしても、こんな回りくどい演出をする意味も必要も無いと私は思うのです」


「いやいや」何故か、まだまだやれるぞ、と言わんばかりの気概を見せる片桐。「現実に起きたことを反映させることで、よりリアルさを演出するっていう意図があったのかもよ?」


「そこまで言うのであれば、少し視点を変え、別の疑問点から、検証してみましょう」


 美波は更なる指摘にも動揺することもなく、話を進めていく。


「別の疑問点?」波止中は首を傾げた。


「確か、ディープフェイクを生成するためには、もとデータが必要だって話がありましたよね。犯人はそれを、どのようにして手に入れたのでしょう」


 ああそれか、確かに解決してなかった、と皆は思い出して、納得の表情を浮かべる。


 美波は眼鏡を直しながら、「もっともこんな当たり前なこと、はやく気がつくべきだったのですが」と、更に続けていく。


「この動画に映っているのは、芸能人ではない、いわゆる一般の方々です。確かに入手しやすくなっている環境になってきているとはいえ、一般人であれば、さらけ出す人でなければ、そう易々と手には入りません。映った人たちの共通点やその友人などの関係性から、犯人を見つけ出そうとしているはずです。が、今日に至るまで探し出すことができていないのだとすれば、そういう風にさらけ出している人たちなのではないのでしょう。とすれば、やはりデータを入手するというのは難しいはずです」


「だけど、その疑問を解くのは至難の業じゃないかな」片桐は顎をかく。無精髭が小さく揺れる。「キリがないっていうか、調べようがないっていうか」


「ええ。しかし、いずれの動画も同じ場所、という条件を一つ加えると、どうでしょう? 見えてくる答えがありませんか?」


「ほう、それは?」


「それは、作成する人に動画に映っている・・・・・・・・その人自身が・・・・・・|同じ場所で自撮りしたものを自ら渡した・・・・・、というものです」


「「「……は??」」」美波以外の皆の口が揃った。


「そう考えれば、インターネット上に必要なデータが無くても、この動画を作れますし、まず集める行程が必要なくなる。音声に関しては聞く限り、抑揚の違うものですとか色々あるようですから、別で幾つか提供しているかもしれませんが……いずれにしろ、撮影した上で渡していたとすれば、画角が自撮りっぽいのも、投稿までの間隔が短かったのも頷けます」


 美波は皆があることに気づき、戸惑っているのを気にすることなく、おもむろに髪を耳にかけながら、「ここで最初の話に戻します」と続ける。


「人影に目が移ったり欠伸を噛み殺そうとしたりしたのは、敢えて入れ込んだ人間らしい行動なのではなく、単に感情の乗った人間の行動だったとしたら……視線の位置が若干変わったのが作為的なものではなく、人間の手で撮り直した際に生じたミスなのだとしたら……時計が妙な点滅をしているのは実際に起きた停電のせいだとしたら……そして、リアルに近づけたのではなく、そもそもがリアルなのだとしたら」


「つまり……何が言いたいの?」


 光莉は美波が言わんとしていることに察しがついていた。だが、まさかそんなこと、という気持ちも同じぐらい、信じられないという気持ちもあったせいで、尋ね方が疑問形となってしまった。


「回りくどくなってしまい、申し訳ありません。つまりですね」


 核心に迫る美波。それをじっと見つめる三人は、ごくり、と唾を飲み込む音を鳴らす。


「この五本の動画は全て、フェイク動画に似せて作った・・・・・・本物の映像・・・・・なのではないでしょうか」


「「「……えぇっ!」」」


「そして、私は推論します。あの動画に映る五人全員が・・・・・犯人の協力者・・・・・・、もしくは五人全員が犯人・・・・・・・ではないか、と」


「「「はぁっ!?」」」


 美波以外の三人は戸惑いの声を重ねた。先に訪れた一瞬の静寂もあり、その声のコインランドリーの中での響き方は尋常ではなかった。


「フェイク動画を製作するにはそれなりの専門的な技術や知識が必要となりますから、実際に作るにも時間はかかることでしょう。しかし、動画を撮影して編集する、というだけでいいのであれば、習得時間も作成時間も短く済みます。それに……」


 美波は波止中を見た。「確か、お友達って、結婚式で映像撮影や編集のアルバイトをしてるって言ってたよね?」


「あ、ああ。そう、だけど……」


 顔を元に戻す美波。「おそらく、場面場面でそれっぽい動作を行いながら撮影を行い、フェイク動画だと誤認させるために、編集で整えたのでしょう。口の動きや表情をズラしたり、映像を遅らせたり、バグのような変なカットを入れたりして」


「えっ、いやちょ、ちょっと待ってくれよ、浜音さん」手のひらを美波に向けて無理矢理会話を止める波止中。頭の中の整理ができていないようで、目の位置は定まっていなかった。「さっきの口ぶりだと、えっ、この動画を作ったのって……」


 それ以上は口にしない波止中の問いかけに「うん」と返す美波。「リスクの面から見ても内々で済ませられたほうが安全だからね。その可能性が高いのではないかって私は思ってる。残念だけど」


「そんな……」改めて突きつけられた答えに、波止中は真正面から受け止めることができていない様子であった。


 もし本当にそうだとすれば、フェイク動画自体全てが嘘ということになる。言ってしまえば、全ては自作自演、なのである。


 光莉は「でも、犯人なり関係者なり、五人っていう根拠は?」と反応した。


「単純に、五本までは定期的に投稿されていたのに、それ以降はされていないからです。ですから、これに関しては想像の域を出ません。今後投稿される可能性も十分に考慮できますが、私としてはもう投稿されないと思っています」


「けどさ、ミナっちゃん。確かに動画の内容はそのハラスメント盛り盛り教授に対しての告発だ。けどさ、だからと言って、イコール被害に遭った当事者やその関係者だと決めるには、ちょいと飛躍し過ぎやしないかい?」


 美波は片桐からの問いかけに、こくりと縦に首を動かす。「確かにこれまでの話だけだとそうなります。しかし、実はそう考えるに至った根拠がもう一つあります」


「それは?」


 美波は皆にスマートフォンの画面を見せた。そこに表示されていたのは、動画の投稿者のプロフィールのページであった。


「この、アカウント名です」

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