7.真犯人の正体
「尋ね方は何でも結構です。皆さんからは、空き巣があった時間の前後にどんな人を見かけたか、
美波は等々力に淡々とした口調でそう話した。
「見た人全員?」等々力は大きく片眉をひそめた。だが、先ほどのようにはねのけはしなかった。どうやら興味は示しているらしい。
「見た人物の風貌、出で立ち、目立った特徴等々、些細なことでも。とにかく、出来るだけ多くの人を挙げていただきたいのです。そうすれば、共通の呼称が出てくるかと思います」
「共通の、呼称?」櫻木が訊ねる。興味津々、ということは間違いない。「それは一体……」
「おそらくですが、
「「「「宅配業者?」」」」
皆の口が綺麗に揃う。意図的には出来ない所業。声色は違っても、一斉に発した一言に圧を感じ、美波は少し身体を仰け反らせる。
「た、宅配業者の配達員であれば、どの家の前にいたとしても、怪しいと思われにくいです」驚いたせいで言葉をつっかえさせながら続ける美波。「これまでの問いかけのように、怪しい人はいましたか、にも含まないでしょうし。それに、宅配業者の配達員って、そこにいたことは覚えていても、顔とかはあまり記憶に残りにくいですものですから」
等々力は黙ったまま、近くのベンチに腰かける。
「まあ、確かに」片桐は神妙な面持ちになり、顎に手を置いた。「近くにいた人も、そこに住んでる人ですら、それらしい格好の人間を見ても、いちいち疑わないませんから。堂々としていれば、尚更です」
光莉は納得の表情で頷く。さっきコインランドリーを出て行こうとした等々力とぶつかりそうになった配達員について、目鼻立ちをはっきりと覚えていなかった。もう忘れてしまっていた。ある程度意識をしていたのにも関わらずこの状態なのだから、ふと見たぐらいでは、顔など覚えているはずもない。
美波の推論は根拠が薄かったとしても、突拍子のない荒唐無稽なものではないことの、何よりもの証明であった。
「例えばですが、宅配業者の格好で、手に宅配物だと偽って空の段ボールか何か容量のあるものを持っていたとします。そして、留守の家に侵入し、盗んだ物をその段ボールに詰めれば、出る時に盗んだ物を見られる危険性も、ましてや怪しまれる可能性も減ります」
片桐は鼻から大きく息を吐くと、腕を組んだ。「盗む物を選別してたんじゃなく、怪しまれずに盗める量がそれだけだった、ってことかもしれんわけだ」
「それに、宅配トラックとか大型車を上手く停めれば、周囲の人からの視界を妨げることも可能でしょう」
「成る程。監視役さえ不要になるってことか……」櫻木はそう呟いて小さく頷く。その表情は、感心、そのものだった。
「あっ」光莉は短く声を上げる。美波が言わんとしていたことが分かったからだ。「だから、浜音さん、見た人全員を、って言ってたのね」
「はい。先入観のないまっさらな状態で、単純に見た人を挙げてもらうことで、姿なき犯人の全体像が見えてくるのではないか、と」
「お嬢ちゃんの言わんとしてることは伝わった」等々力は長椅子まで移動し、腰かけた。「だが、だとしたら、どうやって犯人を見つけるってんだ? ここ周辺の宅配業者をしらみつぶしに当たっても、数は相当だ。そもそも、配達員になりすましているだけの奴かもしれない」
「一応、いくつかはございます」
「ほう、聞こうじゃないか」足を組み、前屈みになる等々力。
「確かに格好を目立たせることで、顔の印象を薄くさせることはできたでしょう。しかし反対に、リスクもあります」
「それは?」光莉は首を傾げる。
「宅配業者の格好をしている時は、ある程度、言動行動に注意を払わないといけない、ということです。例えば、宅配業者なのに、それに反した動きをして、見られてしまえば、疑われかねません。そこにいたということ自体は覚えられてしまっていますからね。では実際にはどうだったのか。ご存知の通り、周囲の人たちは怪しんではいませんでした。つまり、犯人は怪しまれないよう相応の行動をしていたはずだと考えられます」
「それは?」
「これに関しては、宅配業者だから、と限ったことではありませんが、皆さん,自宅以外の家に訪問した時を思い浮かべて下さい。入る入らないに限らず、家の前で、あることをしませんか?」
「そうかっ」光莉は閃いたといわんばかりに、ポンと手を打つ。「インターフォンを鳴らす」
「ええ、その通りです」美波は優しく微笑む。一方の等々力は仏頂面で足を組み直していた。
「空き巣犯は空き巣、ですから、当然家主のいない、留守の時間帯を狙っています。プロであれば、どの家に入るか検討するために、あらかじめ下見に来ていることでしょう。どの家ならば捕まらないか。もしかしたら、被害宅の近くにある家もその候補にあったのかもしれません。となれば、その時も連日いても怪しまれない、配達員の格好を下見の段階からしている可能性が高いです。ここからはさらに仮定の話にはなりますが、もし一度でもインターフォンを鳴らしていたとしたら、糸口が掴めるかもしれません」
「あっ!」片桐は手のひらを拳で叩いた。「そうか
「ええ」
「……えっ、どういうことです?」その意味が分からなかった光莉はキョトンとした表情で片桐を見た。
「最近のものにはさ、インターフォンに録画機能が付いたものがあるんだ。だから、もしそういった種類のがあれば、誰が来たのか、分かるってこと」
「あーあ、成る程」
「映像が二つ以上あれば、そこに映ってる共通の人物を見つけ出せば、さらに手がかりになるよね。その人が実際会社にいるのかどうかを調べ、いなければその格好のフリをしているだけの人物だから、間違いなく怪しい人物候補として挙げることができるし、仮に実際にいたとしても話を聞くことができるから、まあ何かしら進展はするよね」
「だが、怪しまれねえんなら、偵察なんかまどろっこしいことしないで、いきなり盗みに入ってるかもしれねえ。そんなら、インターフォンなんざ鳴さなかったかもしれねぇだろうよ」
「もちろんその可能性も十分に考えられます。しかし、そうだとしても、インターフォンは鳴らすはずです」
「なんでそう言える?」等々力は苛立ち、指先を二の腕辺りを何度もうっている。
「留守かどうか調べるためです。格好が恰好なだけに、インターフォンを鳴らすのが周りからも一番怪しまれず、また有効な手段なわけです。相手が宅配業者であれば、家主が居留守を使う、ということも起きにくいかと思います。家の中に住人がいれば、届け先を間違えた、などと伝えれば済むことでしょう」
「成る程」神妙な面持ちで頷く櫻木。「適当な名前を言って、向こうから、違います、とか返してもらえれば、すみません間違えました、って立ち去ればいい。表札があっても、別に見えてなかったフリしちゃえば、まあどうにでもなりそうですもんね。最初にインターフォン鳴らした時だって、宅配業者の名前でしか名乗らず、配達員の個人名なんて言わないでしょうからね」
「なんだ? バスケ」等々力は不機嫌な表情に変化させ、視線を向けた。「お前、あっちの味方か?」
「あっいや、そんな」急激に慌て出す櫻木。「そんなんじゃありませんよ。ははは」
「ケッ、どうかな」吐き捨てるように言い放つ等々力。「インターフォンの映像だろうが、見るには諸対応が必要になる。手間暇も時間もかなりかかる」
「そ、そう言わずに、検証してみてはいただけないですか」ここぞとばかりに、光莉は距離も詰める。「ものすっごい無理難題言ってるわけじゃないですし、大変だとは思いますけど、インターフォンを調べてもらえれば、何かしら手がかりが掴めるかもしれません」
等々力は光莉から視線をそらす。苦虫を噛み潰したような表情で、片眉をひそめている。ちょっと言い負かせそうな、押し通せそうな雰囲気に、片桐は頑張れと力強いエールを目で送る。
「もし、もしね、それでも納得がいかなかったり、それでも片桐さんが犯人だとと思いなら、仕方ありません。その時は、大人しくお縄を頂戴されましょう」
「そうそう……ん?」
片桐は何度か頷いた後に、「えっ?」と光莉を見つめた。
光莉は振り返り、片桐と目が合う。「……え?」
「その言い方からすると、エトっちゃんが捕まるような感じだけど、えっ、違うよね? お縄を頂戴されるのは、僕、だよね??
片桐が片桐自身を指差すのを見て、光莉は「もちろん」とはっきりと返事をしながら、頷いてみせた。
「いや、はいじゃなくて……そのセリフって、自分から言うんならいいんだ。多少なりとも、カッコよさげな感じするから。けど、他人から言われるのはなぁ……エトっちゃんはノーリスクで、僕だけハイパーリスキーっていう、アンバランスさが滲み出ててちょっと違……ううん、かなり違う」
「まあまあ、どっかでは覚悟決めないといけないわけですし」
「うん、ならせめて、自分で決めさせてくれない? この覚悟に関しては、そんじょそこらのとは全く別もんだから。比べもんにならないから」
「腹くくりましょうよ、片桐さん。
「関係ないわっ。てかそれ、差別だぁっ」
「いい加減にしろっ」
等々力の一喝する強い声が、コインランドリーじゅうに響き渡る。またも電池を抜かれたお喋り人形のように、ぱたりと静かになる。
「俺らは洗濯しに来てるんでも、男女漫才を見に来てるんでもない。盗みの捜査をしに来てんだ」
等々力の言葉と眉間にこれでもかと皺の寄った表情に勝算を感じられず、光莉は思わず俯く。
「だが……面白い推理だ」等々力は美波を一瞥する。「調べてみる価値はある、かもな」
光莉と美波は互いに見合い、等々力に顔を向ける。等々力は重い腰を上げる。「「それじゃあ」」と、最大級に明るい表情へと変わる。
「勘違いするなよ」等々力は釘を刺す。「あくまで保留だ。まだ疑いを晴らしたわけじゃない。そのことを調べてから、ってことだ」
「まあ、この場で即連行されてしまうよりはマシですよ。とりあえず、連れてかれないだけでも」
「誰がどこにも行かないと言った?」
「「「え!?」」」美波、片桐、光莉は声を上げる。まさに異口同音。
等々力は片桐を見る。「確かに署には行かない。が、あんたの家には行く、そこまで案内してもらう」
「はっ? な、なんで??」
「作務衣しかないかどうか確認するためだ。あと、盗んだ物がないかも調べさせてもらう」
「令状も無しに?」
等々力の眉がぴくりと動く。「なんだ? 嫌だってのか??」
「いや、汚部屋なんでね。その、赤の他人にその状態のを見られるっていうのが、なんか恥ずかしいなって思えて」
「言ってる場合ですか」光莉は思わずつっこんだ。同時に、てか何度この台詞でつっこませるんですか、と心の中で叫んだ。
「フッ、掴めねえ男だな」等々力は鼻で笑う。「別にそんなのは気にしない。それで何もなければ、まあ自ら協力してくれたってことにしてやるし、今日のところはお暇するよ」
「それなら……わ、分かりました」従う以外の選択肢が見つからず、片桐はそう返事するしかなかった。
「じゃあ行くぞ」等々力は立ち上がった。
「えっ、もう?」驚く片桐。
「なんだよ」等々力はそう声をかけた時、気づいたらしい。「まだ洗濯中か?」
「いやぁ、してないっす」
「終わってんだな」
「まあ……そんな感じですね」そもそも洗濯などここでしていない、という事実は隠す片桐。これ以上、余計な疑惑を与えるのは避けたかったからだ。
「んじゃ、行くぞ。家までしっかり、案内頼む」
等々力と櫻木は片桐の左右に立つ。すぐに逃げられないように、という意味のためだということが、ひしひし伝わってくる。
ピーピーピーと、洗濯機から鳴り出す。それは、光莉の洗濯機から。終了したことを知らせるもの。どうやら今がその「18」分だったらしい。
終わりを知らせる音がけたたましく鳴り響く中、片桐たちは歩き出し、コインランドリーを出て行く。
残された美波と光莉。二人は閉まる自動ドア越しに、ただ呆然と立ち尽くし、そして祈ることしかできなかった。
洗濯機から終わりの通知音が止む。その時、光莉は「あっ」と思い出した。そのまま、視線をカウンターに向ける。
カウンターの上で一箇所、水滴で濡れた場所があった。そこには、すっかり忘れられたアイスが置かれていた。見た目からして、もう溶けきったと分かる形。
その姿からは、どこか寂しさと虚しさが混ざっているように、光莉には見えてならなかった。
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