メール1通で済ます彼③
腕を組むように身柄を確保したまま連れ込んだのは、いつものカラオケボックス。
秀次様が猫を逃すのに選んだだけあって、同高の利用者が滅多にいないし、価格帯の割に壁が厚くて音漏れがしない。密談にはうってつけってわけ。
バカップルのごとくひっついたまま受付をして、逃げられないように秀次様を指定された部屋の扉から遠い位置に座らせた。
僕は出口を塞ぐように扉付近の秀次様から見て正面を陣取った。
人の目がなくなったからか、少なくとも見た目からは動揺が見られない。
少し、時間をかけすぎたらしい。もういつもの太々しい秀次様だ。
「で、こんなとこに連れ込んで何がしたいわけ? やっかいな取引が白紙になって万々歳だろ」
「そういう問題じゃないでしょ。何あのメール。あれじゃあ納得できないよ」
「何って……簡潔に書いたつもりだったんだけど、伝わらなかった?」
「要件しか書いてないじゃん。僕が知りたいのは経緯! 散々振り回しておいて急にあんなこと言われる理由がわからないよ。何、家であのお兄さんに遊ばれでもしたの」
秀次様の肩が跳ねた。
いくらユキナの前では猫を逃すのがデフォルトになっていると言っても、こんなにわかりやすい失態は普段ならしない。
確かに他人の僕から見たらヤバくて怖い暴力の匂いがする人だったけれど、弟から見ても恐ろしいのだろうか。仲がよろしくないのは確かみたいだけども。
半眼で秀次様を見やる。
「ふーん、図星?」
「別にユキナには関係ないだろ」
「関係ないけど影響してるから言ってるんじゃん。今朝のメール、お兄さんのことは全く関係ないって言えるわけ」
「そ、れは、違うけど」
視線が彷徨う。
ああまったく煮え切らない。いつもの傲岸不遜はどうしたんだ。
ぺらぺらのメニューしか置いていない机に手を着き、ずいと身を乗り出す。
「じゃあちゃんと説明してよ似非優等生。人のこと散々かき乱しといて、メール1通で終わらせるなんて信じらんない。僕がっ、どれだけ……っ」
悩まされたのか。怒っているのか。
続けようとした言葉は何だったろう。
いずれにせよ、言うつもりのなかったもののはずだ。
衝動のまま前のめり捲し立てた。
目と鼻の先に秀次様がいる。距離が近い。話すと吐息がかかりそうなくらいに。
驚いたように目を見開いた秀次様と視線がかち合った。
自覚すると場違いにも顔が熱くなってくる。今照れてる場合じゃないのに。
心なしか秀次様の顔がどんどん近づいてきている気がする。わ、まつ毛長。違う。違う。今すべきことは他にあるでしょ。なんでこんな色恋に頭乗っ取られたみたいなこと……。
気のせいじゃないと気がついたときには唇にふに、と柔らかい感触が押し当てられていた。
「……………………え?」
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