様子がおかしな彼

 状況を理解できないうちに、ちろりと唇を舐められてからそのやわこい感触は離れていった。

 再び重なった目線。じわじわ何が起こったか自覚してくると耐えられなかった。


「〜〜〜〜っっ!!」


 口を押さえて壁際まで飛び退いた。

 なに。なんのつもり。思考が全く回らない。


 なけなしの優位はあっけなく吹き飛んでしまった。

 ただでさえ熱かった顔が茹るようでくらくらする。


 だって、今、キスされた。脈絡なく唇を重ねられた。柔らかいものが確かに触れていた。


 何考えてるんだこいつ。僕で遊ぶのがそんなに楽しいか。


 さぞ愉悦に浸っているんでしょうね。

 混乱で潤んだ瞳で睨め付けると、間抜けな顔で口に手を当てる秀次様がいた。


 仕掛けた側がする表情かおじゃないだろ、それ。本当にムカつく。


「遊び人。穏便な黙らせ方=キスだとでも思ってんの」

「……人をクズみたいに言うなよ」

「真面目な話し合いしようとしてるのに、キスでうやむやにしようとしたでしょ」

「は、ちがっ、ただ……」

「ただ、なに」

「顔見てたらしたくなったから、した、だけ」


 次第に下にそらされる目線。隠し切れない耳が真っ赤に染まっている。

 つられて僕も赤くなっている気がする。


「は、恥ずかしいやつ……」

「こっち見んなよ」

「やだよ。ね、そんなにユキナの顔好みだった?」


 ユキナのコンセプトは僕が考えた最強の美少女。

 何も知らなければ魔が刺しちゃうのもわからないでもない。

 行動に移すのはどうかと思うけど。


 そもそも秀次様は中身が僕だってわかってるはずなのに引っかかるなんて、余程好みのタイプだったのだろうか。

 側におけるくらいにはお気に入りと思ってるんだろうけど。


 ユキナらしく小首を傾げてみせた僕に、秀次様は赤みの引かない顔のまま深いため息をついた。


「可愛いと思ったら、気付いたらキスしてた」

「まあユキナは僕の傑作だからね、可愛くないと困る。だからと言ってしていいわけじゃないけど」

「はぁ……何なんだよお前のそのユキナへの謎の自負。そうじゃなくて、俺のことで頭いっぱいにして取り乱してるところが可愛いって思ったんだよ」


 は? 何だよそれ……。それじゃあまるで––––


「秀次様って、僕のこと、好きなの……?」



 思考を通さず溢れた言葉は取り戻せない。

 否定してほしくもあり、肯定してほしくもあった。

 聞かなかったことにしてほしくすらあった。

 どんな答えでも納得できる気はしなかった。


 面食らった秀次様の沈黙が永遠のように感じられる。

 聞きたくない。いっそ今朝のように躊躇の欠片もなく切り捨ててほしくさえあった。

 

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