知らない表情の彼①
人の噂は七十五日と言うけれど、宮下秀次の彼女の噂はまだまだ消えそうにない。
なんなら秀次様がときおり燃料を投下しているせいで定期的に盛り上がる。
惚気みたいにありもしないデートの話をしたりだとか、虚しくないんだろうか。偽装彼女な上に男だぞ。
勝ち組のくせに存在しないデートを語るなんて修羅の道を好き好んで歩む気がしれない。
別に僕だって聞きたくて聞いているわけじゃない。
気になって調べてるとか、そういうのでは全然ない。
だって、何が悲しくてガワだけ僕な偽装彼女への惚気を聞かなきゃいけないっていうんだ。
単に人気者の優等生の周りには人が集まっているから、同じ教室にいる僕まで漏れ聞こえてくるってだけ。……それだけなのに、居た堪れない。
だってエピソードに覚えがあるのだ。
多少フェイクはあるけれど、実際にユキナと秀次様がやってたことそのまんま。
それで惚気として成立しているし、聞き出した女子たちがきゃあきゃあ言っている。
嘘だろ……あれ、はたから見たらデートだったの? 僕、単に女装してクラスメイトとデートしてただけってわけ……?
なんてことに気付かされてしまったんだろう。一生気付かないままでいたかった。
何より嫌なのは、それでもいいと一瞬でも思ってしまったこと。
いやいや冷静になれよ僕。どこの世界に彼氏を様付けで呼ぶ彼女がいるんだ。月2で足置きにされる彼女だっていないはず。
どう考えても編集で消された部分が一番重要だったパターンでしょ。彼女扱いなんてされていないに決まってる。
無理やりそう結論付けたけど、一度浮かんでしまった疑惑はそう簡単に消えてはくれなかった。
その日はもやもやした気分が晴れないまま、駅前で携帯片手に秀次様を待っていた。
いつもの簡潔なメール以降連絡はないけれど、電光掲示板は5分の遅延を知らせている。待ち合わせ時間になっても着かないかもしれない。
ぼんやりと思考を巡らせていた僕を、知らない声が呼び止めた。
「君、ユキナちゃんだろ?」
「……え?」
秀次様以外呼ぶことのない名前で呼ばれ、思わず反応してしまった。
目の前にいたのは、少し年上の知らない男。
顔を上げた拍子に目があって、にこりと緩く笑まれた。
なんというか……根元まで綺麗に染まった金髪メッシュと崩して重ね着した服装も相まって、遊び慣れてそうな雰囲気がする。
「合ってた? 秀次と一緒にいるの見たことあってさ。カノジョって聞いたから挨拶しとこうと思って」
「秀次さ、んの知り合い、ですか?」
「そ、秀次の兄。気軽に啓一お兄さんと呼んでくれ」
魔王の兄! それだけで警戒レベルが跳ね上がる。
途端に優しげな声や表情が胡散臭く見えてくるから不思議だ。
「あれ、秀次に何か吹き込まれてる? そんな怖がらなくていいよ。あいつ反抗期でさァ、俺のことあることないこと言って嫌ってんのよ」
何も聞いてない。
ユキナは彼女役であっても僕は彼女じゃあないから、何も知らない。
この男が本当に秀次様の兄かどうかだってわからないけれど、腹の奥がぞわぞわするようなこちらを気にする素振りのない追い詰め方はよく似ている。
どうしよう。似ているのに知らないことがこんなに怖くて思わず後ずさった。
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