勝手に「彼女」を仕立てた彼②

 カラオケ店に着くと、まだ秀次様は来ていなかった。


 せっかくスカートのまま来たのに待たせてしまったのでは着替えるのを諦めた意味がない。


 ひとまず安堵の息を吐く。


 僕がついた後数分で秀次様もやって来た。

 ギリギリだったわけだ。危ない危ない。



 店に入り、案内された部屋は奇しくもあの時と同じ部屋だった。


 僕は思わずスカートの裾を引っ張る。

 そんな僕を冷めた目で眺める秀次様の猫はすでに逃げ出している。


 淡々とした声で座るように促され、一瞬驚愕で肩が跳ねた。


 いつもよりスカートに気をつけてソファーに座る。足も意識してきっちり閉じた。


 それから、粗方予想はつくが今日の用事はなんなのか、遠慮がちに秀次様の方をうかがう。


 すると、秀次様は呆れたようにため息をついた。


「何を緊張してるかは知らないけど、彼女だからっていきなり身体求めたりはしないって」

「かかかかかからだああ!!??」


 想像すらしなかった言葉に顔が茹だる。


 「身体を求める」というのが意味することを思い浮かべ、ますます羞恥が湧き上がった。


 僕は、ユキナは、秀次様のオモチャだから、請われれば拒否できない。

 そもそもなんでもするって最初に言っちゃっている。


 なんと恐ろしいことを承諾してしまったのだろう!

 秀次様がまだその辺の倫理観は捨ててなくて良かった……!


 顔を真っ赤にさせて我が身を抱く僕を見て、秀次様は意地悪く笑った。


「なに? 期待しちゃった?」

「そんなわけないだろ!」

「はは、顔真っ赤じゃん」

「うるさい」


 本当ほっといてほしい。でもこういう時に好き勝手するのが僕のご主人様なのだ。


 ひとしきり僕で遊んだあと、秀次様は思い出したかのように心底わからないといったていで首を傾げた。


「で、貞操の心配じゃなかったらいったい何に緊張してたっていうんだよ?」

「えっと、その…………また、足置きにされるんじゃないかって」


 選択肢にノーが残されていない僕は、せめてもの抵抗だと目を合わさずぼそぼそ答える。


「足置きぃ? 前もしたのに緊張してたわけ?」

「ま、前のときはズボン履いてたから」

「は?」

「だ、だから、今日はスカートだから、中が見えるんじゃないかって」


 決まり悪気にそう言うと、秀次様はきょとんと目を丸くしたあと、腹を抱えて笑い出した。


「そんなに笑わなくたっていいだろ!」

「だって、お前、女子か」

「男だよ! だから気にしてるんじゃないか!」


 外見は装えても体の構造は変えられない。

 スカートの下の黒タイツをもっこりさせているナニがあるわけだ。

 そんなの僕好みのふわふわした女の子じゃない。


 何がおかしいのか、秀次様はたっぷり十分ほど笑い続けたあとで見慣れた笑みを浮かべてこう言った。


「そこに這いつくばって、足置き」

「なっ!」


 この流れで足置き再び、だと?


 目を見開く僕に、秀次様は平然と言ってのける。


「今日はさせるつもりなかったんだけどね、そんな顔されたらやらせるしかないだろ?」

「~~っ! 秀次様の鬼! 鬼畜! 悪魔!」

「なんとでも。俺はユキナが羞恥に悶えてる顔が見たいだけだ。それに、幸成くんがあんなにウブだとは思わなかったしなー」


 いきなり本来の名前で呼ばれて何のつもりかと顔を見つめる。


 お綺麗なその顔はニヤニヤ意地悪く笑っているだけ。何を考えているかは読み取れない。


「ほら早くしないと皆にバラしちゃうぞー」


 秀次様は携帯を持った手を揺らし、楽しげな悪い顔で僕を脅す。


 これを言われると僕はどうすることもできないので、命令をきくしかない。


 テーブルを反対側のソファーの方に押しやり、できたスペースに膝をつく。


 覚悟が決まらずその状態で逡巡している僕を、あろうことかあの鬼畜、蹴飛ばしやがったのだ。


「にぎゃっ!」


 と微妙な悲鳴を上げて潰れた僕を絶対零度で見下ろして一言。


「さっさとしろ」

「は、はい!!」


 僕は反射的に返事をして四つん這いになった。

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