ナンパから助けてくれた彼②

 人通りの少ない通りに出たときには僕はもう息絶え絶えだというのに、宮下は全く堪えていなかった。

 文化系の僕とは比べものにならない体力だ。


 なんとか息を整えて精一杯下手にでて本題に入る。


「み、宮下さん。お願いがあるんですが……」

「その格好のことを黙っててほしい、ってことかい?」

「そうです! お願いします」


 ガバッと頭を下げる。

 人格者と評判なイケメン様だ。誠心誠意お願いすれば伝わるはず。


 そう、思っていたのだが……


「ふーん。で、俺のメリットは?」

「へ?」


 予想だにしない返答に変な声が漏れた。


「だから、俺、宮下秀次しゅうじが、お前、仁科幸成ゆきなりが女装趣味のヘンタイだってことを黙っとくことのメリットだってば」

「え、えと」


 まさか心優しい優等生に対価を要求されるとは思っていなかったため言葉が詰まる。


 そんな僕を眺めて宮下は意地悪く笑った。


「明日には学校中が知ってることになるよ。一Aの仁科幸成は女装趣味のヘンタイだ、って」

「そ、それだけは勘弁して! なんでもするから!!」

「なんでも、ねぇ」


 宮下は笑みを深める。


 瞳が怪しげに煌めき、僕は思わずたじろいだ。


「じゃあ、今日からお前は俺のオモチャな」

「お、オモチャ……?」


 言葉の意味が頭に全く浸透しないまま、バカみたいに繰り返した。


「そ、オモチャ。俺が呼んだらいつでも来ること。もちろん、その格好でな」


 それはオモチャじゃなくて下僕では? なんて口に出せる勇気はなかった。


 学校での関係は何も変わらないから安心しろ、と宮下は言う。


 そういう問題じゃないと叫びたかったが、僕に差し出せるものなんか他に思いつかない。


 女装を知られることと、宮下のオモチャになること。

 天秤にかけた結果は言うまでもない。


「宮下のオモチャになれば、このことを黙っていてくれるんだよね?」

「約束するよ」

「……わかった、受け入れる。宮下のオモチャになるよ」


 決心が鈍らないように、自分より高い位置にある宮下の目を見て繰り返した。


 それを満足げに見下ろした宮下は、尊大に頷いて最初の命令をくだす。


「まず俺のことは秀次様と呼べ。ああ、その格好のときだけでいいから。そうだな、俺は……ユキナとでも呼ぼうかな。いいね?」


 疑問形のくせに拒否を許す気は微塵もない、自分が全て正しいと言わんばかりの迫力だった。


 もしかして、早まった……? でも僕に許された選択肢は一つしかない。


「……了解シマシタ、秀次サマ」



 評判のイケメン優等生はとんでもねー鬼畜野郎でしたってわけ。

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