死にゆく竜と未練の人

 吹雪の魔法がオレのファイアブレスを打ち消した。

 魔法にもいろいろな系統があるが、冒険者が使う一般的な攻撃魔法では、氷系を覚えるのには炎系よりも高いレベルを要する。


 くそっ! ナメすぎた!

 煙と霧が渦を巻く向こうから、次々に武器を突き立てられる。

 振り払う。

 傷は浅い。

 なのに視界が霞む!

 これは……まさか……やられた! 毒だ!


 オレは絶叫した。

 砂塵が舞い上がる。

 これこそが歴戦の冒険者たちが語る、砂塵ドラゴンの死に際。


 砂煙が収まると、あとには砂の山と、わずかばかり消え残った爪のカケラ。

 そしてドラゴンが習性として溜め込んでいた黄金の山だけが輝いている。

 冒険者たちの歓声を、オレは遠くに聞いていた。




 ヤバイ……マズイ……

 パーティーの連中からじゅうぶん離れた場所にテレポートするのと同時に、人間の姿に変身して、オレは岩陰にへたり込んだ。


 毒のせいで目まいがして頭を振ると、薄茶の髪から同じ色の砂が散った。

 斬られた傷は、すぐに塞がる。

 ドラゴンにはそういう回復力がある。

 だけど毒は……ドラゴンに効く毒か……こんなものがあったなんてな……


 耳鳴りがして、風の音すら聞こえない。

 オレは静かに目を閉じた。




 夢を見た。

 前世の記憶。

 いつもと変わらない駅前に突如として現れた、地球には存在しないはずの生物にオレは食われた。


“あの人”を助けようとして。

“あの人”の目の前で。


 それが何故かこっちの世界でドラゴンとして転生した。

 地球にドラゴンが現れた理由も、オレがドラゴンになった理由もわからないまま。 


“あの人”は、オレの仇であるドラゴンを、今も恨んでくれているかな……?




 目が覚めると体の上にシーツのようなものがかけられていた。

 場所は、眠る前に見たのと同じ、岩山の景色。

 覚えのない焚き火の光を、昇りかけの朝日が飲み込む。


 焚き火越しに昨夜の占い師……ミルヤが、慈悲深い女神のような穏やかな微笑みを浮かべてオレの顔を覗き込んでいた。

 オレにかけられていたシーツ状のものは、ミルヤの紫のヴェールだった。

 ヴェールを取ったミルヤは、黒い瞳に、漆黒でまっすぐな髪をした、トンガリ耳のダークエルフだった。


「遺言があるならば、どうかおっしゃってください」


「……ゆい……ごん……」


 その言葉の意味が頭の中を駆け回る。


「どなたか、あなたのことを報せたいお相手は?」


「……前世で竜一りゅういのそばにいた人に……もしも竜一りゅういを覚えていて、前世でのオレの死を悲しんでくれているなら……

 仇討ちは終わったって……

 竜一りゅういを喰い殺したドラゴン族は、もうすぐ滅びるって伝えて……」


「ドラゴンに食べられて死んだ人が、ドラゴンに生まれ変わったというのですか?」


「ああ……だからこっちの世界の人がドラゴンを殺せるように、軍資金と、武器の材料と……あと……人はドラゴンに勝てるっていう自身を持たせて回ってたんだ……

 あちこちを旅して……やられたフリ……死んだフリをくり返しながら……」


 だけど今回はフリでなくて本気でやられた。

 オレが配ってきたのは爪だけ。

 牙や角は人がほかのドラゴンを倒して採取したものだ。

 人はいつの間にかドラゴンに効く毒なんてものまで開発できるほどになっていた。


 オレの目的は果たせた。

 人はじゅうぶんに強くなった。

 オレの役目は終わった。

 心残りは一つだけ……


「“あの人”に……逢いたかった……」

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