第47話 握れ種族の壁を超えて!寿司職人ツマゴ!4

 寿司職人ツマゴは『握る』!

 強烈な戦闘能力がコイチローとアイリを、トワを、ツッコを翻弄する!

 肺の一部をつぶされたトワをかばいながら、ツッコはうろたえた。


「おいおいおいおい!? なんなんだよコイツ、なんで単なる寿司職人がこんなに強いんだよ!?」


「自由恋愛にかまけている人間から見たら、ぼくは理解不能なのかもしれませんねぇ」


 柔和な顔のまま、どこか表情にすごみを帯びさせて、ツマゴは言った。


「私には妻がいました。けれど寿司を極めるために、妻を捨てました。

 いい妻でしたが、それを捨ててでもまい進したからこそ、今の『握り』技術があるんですねぇ」


 周囲を『握り』破壊するさなか、ツマゴはふところから写真を取り出し、語りかけた。


「ねぇ、おまえも、別れたことを誇りに思ってくれているでしょう。

 おまえほどぼくにとって大事な人を、それでも切り捨てたからこそ、ぼくが至高の寿司技術を身につけられたんですからねぇ」


「……気に食わないね」


 ツマゴは声の方を見た。

 地に倒れ伏しながら、コイチローは顔を上げて、強い目でツマゴを見た。


「大事なものをこれだけ捨てたからこんなものを手に入れたなんて、捨てた相手にも手に入れたものにも敬意がないよ」


 柔和な顔のまま、ツマゴはコイチローを見つめた。

 その両手が、『握る』姿勢を取った。

 バカップルは超音速イチャイチャで愛を高め、桃色オーラを膨張させて『握り』圧力に対抗し、拮抗したエネルギーが爆発してコイチローらは吹き飛んだ。


 爆心地で平然と直立しながら、寿司職人ツマゴは語った。


「少し、昔話をしましょうか。

 ぼくが寿司職人になった、それまでの経緯を」




   ◆




 寿司職人ツマゴ――その当時は、刺身職人ツマゴ。

 腕の立つ料理人だった。


「今日もいい魚が入りましたよ、ダイコ。さっそく作っていきましょう」


「ええ、あなた」


 寄り添うのは、ツマゴの妻。輝くような、真っ白の肌――大根人間のダイコ。


「さあ、あなた……」


 しゅるりと。ダイコは、着ていたものをはだける。


「今日もあなたの繊細な技術を……私の体に、刻み込んでダイコン……」


「ええ……いきますよ、ダイコ……」


「んっ……」


 白い肌に、ツマゴの技術が刻まれてゆく。包丁が。

 しゅるり。しゅるり。一枚一枚、はがされていく。透けるような薄い大根。桂むき。


「ふふ……きれいですよ、ダイコ……ほら、こんなに」


「あっ……」


 二人の愛の残滓のように、白い糸が、積み上がっていく。細切りにした大根。

 それを、器に盛る。


「おまえのこの美しい分身を汚してしまうのは、いつも少ししのびなく思ってしまいますねぇ」


「何言ってるんですかダイコン。あなた言うところの、その汚れがあってこそ、完成なんじゃありませんかダイコン。

 私のことなんて気にせず、ほら……汚してみせてくださいなダイコン……」


「ふふ、そうですね」


 つややかな、肉の色。

 てらてらと光る、赤い身。

 赤身の魚の刺身を、積み上げた大根に寄り添わせるように、盛っていく。


「ふぅ……できました。お造りの完成ですよ」


 ルビーのように輝くお造りを前に、ツマゴとダイコは寄り添い、抱き合った。

 目の前にある、魚と大根のように。




 刺身職人として、ツマゴは一定の評価を得ていた。

 妻のダイコとの仲もむつまじく、カラフル族とヤサイ族という種族の差も、なんの障害にもならないようだった。

 自由恋愛の、ひとつの極致だった。


 けれどある日から、行き詰まってしまった。

 技術を熟練しても、ある一定から上の評価が、得られなかった。


「刺身では限界なのでしょうか……やはり寿司、寿司こそ究極の料理……」


「あなた。きっと刺身でも大成できますダイコン。これまでの積み重ねを信じれば、きっと大丈夫ですよダイコン」


「しかし……いや……」


 ツマゴは悩んだ。

 刺身職人として、このままやっていくか。それとも。

 そもそもの話として。


「ぼくは、本当は……寿司を握りたかった……!」


「あなた、どこへ行くのダイコン!?」


「どいてくださいダイコ……どきなさい……!」


「あなた、包丁を持って何を……ぎゃあああダイコン〜〜!!」


 妻のダイコに、ツマゴは包丁を突き立てた。飾り包丁。

 鮮やかかつ細やかな細工をほどこされたダイコを背にして、ツマゴは家を飛び出した。

 真にやりたいことへの衝動に突き動かされ、ツマゴはこぶしを握りしめた。


「ぼくは本当は、刺身でなく寿司をやりたかった! けれどダイコと寄り添うため、刺身職人になった!

 だって寿司では、大根を添えたりしないから……!

 ダイコとの共同作業が、できないから……!」


 そのツマゴのもとに、歩み寄る人物が一人。

 黒いずきんをすっぽりとかぶり、赤い一本角が貫通する幼女。暗黒の帝王ウーマシーカー。


「そうじゃ。おまえは自由恋愛などというまやかしに囚われ、自分の本当にやりたかったことを見失っておった。

 認めるがよい。自由恋愛などくだらないと。種族を超えた愛など、成り立つはずがないと」


「自由恋愛など……くだらない……」


 ツマゴはそして、寿司職人になり、自由恋愛禁止軍団となった。

 究極の寿司を握るために。

 そして自由恋愛などという幻想を追い、自身の才能の芽をつぶしてしまうような人を救い出すために。


 ツマゴは、すべてを握る寿司職人となったのだ。




   ◆




 ツッコはツッコんだ。


「妻って刺身のツマのことじゃねーか!!!!!」


――――――


・ラブバカ豆知識


ここアイシテルノサ大陸において、戦争時代は過去のものとなり、異なる種族が入り混じって過ごす機会も増えた。

けれど異種族同士での婚姻は、いまだ例が少ない。

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