愛は金より重いのか!?カリスマ美容師カミキレー!
第27話 愛は金より重いのか!?カリスマ美容師カミキレー!1
鉄と蒸気と油圧のにおいが、空気の隙間をぬうように時折流れる。
鉄錆色のレンガの街並み。
それを見上げた向こうの空は、薄灰色の曇り空。
いつもの空。雨は降らない。
そして物干しのロープ以外にも、高く低く、ロープがあちこちに走っている。
少女はそれをしばらくながめて、顔を一度タオルでぬぐった。
質素な身なり。顔には大きなやけど跡。
そして少女は、パンのかごをかかえ直した。
小走りで駆け抜け、小径を進む。
ゆるやかに曲がる小径を抜け、視界が開ける。
正面に広がる景色。
雲にも届くような重厚で巨大な塔だった。
鋼鉄とレンガのつぎはぎのような増築がなされ、いたるところで歯車がギチギチと音を響かせ、蒸気がブシューと噴き上がる。
歯車の動きに合わせ、塔から塔へ、また塔から街のあちこちへ、張り巡らされたロープが駆動し、引っかけられた物品を回収し、また送り出す。
街へと向けて、流通をとりなす。
少女は塔へと伸びるロープの一本に、パンのかごと宛先タグを引っかけた。
パンはゆっくりと、塔に流れていった。
パンのロープの向こう側、別のロープでは、観光客向けの簡易ゴンドラが流れていた。
ゴンドラには、三人の男女が乗っていた。
「わーすごーい高ーい! 歯車がっちゃがっちゃでなんかすごーい!
ねーねーねーねー楽しいねーコイチロー!」
「おいバカやめろアイリはしゃぐな!? 揺れるだろ! このゴンドラ作りがちゃちいから危ねーんだよ!?」
「はっはっは、アイリは元気だね。
支えてあげるから『わたし飛んでるわ』って言ってみる?」
「おいバカやめろコイチロー!? それ前に言ってたおまえの世界の死亡フラグだろ!?」
「コイチロー、わたしもやってみたいけど、さすがにこのゴンドラは怖いよ!? グラグラだよ!?」
「はっはっはアイリ、今さら揺れくらいで何を怖がってるのさ」
コイチローはアイリの手を取って、ささやいた。
「だって僕らのハートは、いつだって恋のときめきで揺れ動いてるじゃないか」
「コイチローっ♡♡♡ そうだよねっわたしたちはいつでも恋の直下型地震♡♡♡
いつでも心はグラグラのグツグツでラブエネルギーはマグニチュード百億だよぉっ♡♡♡」
「おいバカやめろ桃色オーラ出すな!? ちょ、落ちる落ちる、押しのけられる!?」
バカップルから愛の桃色オーラが広がり、はるか上空まで伸び、雲を押し広げて日が差し込んだ。
この地域では珍しい快晴に、小径の少女は目を細め、洗濯物はパリッと乾いてはためいた。
ここは
アイシテルノサ大陸の中でも有数の、工業にすぐれた街である。
それから、昼過ぎ。
レンガの建物と歯車の塊、そして空を走る無数のロープが彩るアカイイートーの表通り。
バカップルのコイチローとアイリ、そして王国兵士ツッコは歩く。
「……この街の主要民族はナガーイ族、手足や指が長くて器用さがウリの種族だぜ。
この街を抜けて西の山脈を越えて、ヤサイ族の集落があって、そこからさらに荒れ地を行けば、暗黒の帝王ウーマシーカーの本拠地、風雲・自由恋愛禁止城があるって話だ」
ツッコは説明しながら、生ハム的な具の入ったサンドイッチにかぶりつく。
その後ろ、コイチローとアイリはあーんして食べさせあって、イチャイチャ桃色オーラがあふれつつ二人のアホ毛が絡み合ってハートマークを作った。
「……んで、本拠地が近くなってきたってことは、戦いもさらに
しっかり英気をやしなって、次の戦いに……」
「あっコイチロー、ソースがほっぺについてるよっ、取ってあげるねっ♡」
「ああ、ありがとうアイリ。けどアイリにもついてるよ。
じゃあお返しに、僕も取ってあげる……ちゅっ」
「ひゃあんっコイチローっ♡♡♡ こんな往来のど真ん中でそんな大胆なことされたら、興奮しすぎてオーラがデュルデュルあふれちゃうよぉ〜っ♡♡♡」
「話を聞けェ!?」
ツッコはキレた。
コイチローは真顔で返した。
「僕らは愛の力で戦うんだから、英気をやしなうならイチャイチャするのが一番のはずなんだけど、違ったかな?」
「そーーですねおっしゃる通りですね……百パー正論だけど釈然としねぇー……」
ツッコがげんなりしながらも、三人は進む。
すると行く手に人だかりが見えた。
「ん? なんだ? イベントでもあったか?」
人だかりが、にわかにざわめき出した。
人々がそれぞれに声を張り、手を上げる。その上げた手には、お金。
「五十万! 五十万出すわ! だからあたしに!」
「こっちは二百万あるわ! お願いだからあたしを切ってー!」
「なんのー! こっちは一千万ー!」
飛びかうお金と声。
そしてそのお金たちが、すっと伸びた細い指に絡み取られて。
ひらめき。閃光。チョキチョキという音。
それはハサミ。切る。切ってゆく。髪の毛。
人だかりの上にはらはらと髪の毛が舞い、それが落ちるより早く次の髪が切られてゆく。
ざわめき。輝き。
中心からあふれ出す光に押されるように、人だかりが広がり離れた。
その中心には、光り輝いて容姿を美しく整えられた、複数の男女がいた。
「うそ……これが、私?」
「髪を切ったら体じゅうの脂肪が燃えて、三百キロあった体重が五十五キロまで減ったわドスコイ〜!」
「毛根が死滅していたワシの頭皮にサラサラストレートヘアーが生えたツルッパゲ〜!」
それは、奇跡のような所業。
それを起こしたのは、美容師であった。
ただの美容師ではない。
その美容師は、カリスマ美容師であった。
「――美しさ。それは公正なる価値と価値の等価交換。
正しく対価を支払えば、美しさは、それによる恵みは、正しく得られるものなのよ」
人だかりから、するりと抜け出して。
美しい金髪をさらりと流す、うるわしい男性。
「アタクシはカリスマ美容師、カミキレー。
アタクシにかかれば、どんな美しさだって、支払うお金の額に応じて叶えられるわ」
カリスマ美容師カミキレーは、夜空の星のようなきらびやかな瞳を、コイチローたちに向けた。
――――――
・ラブバカ豆知識
手足が長く、器用な人間が多いナガーイ族。
カリスマ美容師カミキレーのほか、神業測定士ハカリマ・クルゾも、ナガーイ族である。
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