slot 9 壊したい


きらきらぼしの歌と共に放たれた紅い流星は一文字を描く。


「隕石創ってみたけど、ぶっちゃけ創ることより射出成形の方が厄介だわ。頭痛いし」


もうツッコまない。

私はそう決めて、隕石の現状を見た。


奇跡同士の衝突。

蒼い隕石と紅い隕石。


蒼い隕石に対して打ち上がった紅い隕石は明らかに小さかった。


だが、強度は紅い隕石が勝っているようで。

蒼い隕石の中央をバターのように溶かして両断していく。


蒼い隕石は瞬く間に二つに別かたれる。目算でも分かるくらいちょうど同じ物量だ。


二つになってしまった蒼い隕石は更に勢いを増して落ちてくる。


これじゃあ、結局町は藻屑になる。

潰されて、元の木阿弥。


結局、町は潰されるんだ。


「心配いらないよ」


無意識に震えていたらしい。

心配されて声をかけられた。


肩に手を置かれる。

安心させるつもりだったろうが、ハレルヤの手は高熱を帯びていたらしく。


じゅ。

服が燃えた。


「あっつ!」


「あ、ごめん」


すぐさま、火を消し。

火傷になっていないか確認してくる。


確認したら服が燃えるだけで済んでいた。

ハレルヤは、ほっと胸を撫で下ろす。


「後はオレの優秀な友人たちが片づけちゃうから。映画鑑賞のノリで観ててよ。退屈だろうけど」


再び、見上げる二つに裂けた蒼い隕石。

ごくり、と唾を嚥下し。息がつまりかける。


「ほら、下下。あっちとそっち」


ハレルヤが裂けた両方の隕石の真下を指差し。私の目を遊ばせる。


視線の先を凝らして見れば。


片割れ右一つに緑の轟き。

片割れ左一つに赤の劫火こうかが灯る。


その直後。

二つになった蒼い隕石たちは、粉々になった。


右の隕石は粉々になった破片たちがざっくばらんに切りこまれ。


荒荒しい礫が家々に降り注ぐが、粉々であるため土砂降りの雨程度の被害で済んでいた。


左の隕石は燃やし尽くされ跡形もなかった。

家々に降り積もっていくのは積雪に見舞われたかのように厚い灰だけだった。


「……すごい」


完全に町が沈む勢いだったのに最小限の被害だけに済ませてる。


「上出来。あとでパンケーキをご馳走してやーろう」


降り続ける灰と礫を見ながら、こちらにそれらがこない理由を考える。


さきほどから気流が追い風になっている。


おそらくハレルヤがナニカを起こしたのだろう。


目をつぶることなく、晴れきった夜空を見上げた。


星の光が薄い。濁った光は明かりが少ない町を鈍く照らす。


それでも。


私の眼は彼を捉えた。


つぶることなく、逸らすことなく、まっすぐ。


声が届かないとしても。


「──お兄ちゃん!」


叫んだ。


月を背に、姿が透けて幽影の如く夜空に立つ兄に向かって。


「え?君、視力いいね。で、どこだい?」


全力でゆびを指す。


自信はなくとも、現実を受けいられなくとも、問い詰めるように。


《 ──ここに神話の再創さいそう

『リンク・ユニバース』の開催を告げる》


直接脳内に兄の声が響いた。キンキンする。頭の中にスピーカーがあるみたい。


《決行は2ヶ月後。2月29日。場所は迷古屋めいごや旧田ふるた木枯橋こがらばし比良崎ひらさき

四つの市を跨ぎ、レイド戦をしてもらう。

詳細は当日開示することとする。

ゲームクリア者にはこの世全ての自由を得る権利を与えられる》


レイド?ゲームの話し?

クリア者?なにを言って……


「……なるほど。既にパソコンがなかったのはこのためかな」


《参加権利を持つ者は全人類。凡人、死者、咎人と構わない。

……聞いてるか、眠る人類よ。今こそ、生に縋るときだ。

楽しい愉しい、人生ゲームを始めよう》


一斉に町は明かりが灯る。

夜空が静まり、地上が輝く。


天地が逆転したみたい。


町に明かりが点いたってことは、人が起きたということ。


まさか、この声が聞こえた?

じゃあ、全世界にも……


「この世全ての自由を得る権利……。参ったね、どこで使い方を知ったんだい彼は」


ハレルヤが取り乱している。


声に陰りがあり、トーンもひどく落ち着いてる。


なのに、さきほどまでの飄々としていた余裕がない。


私にいたっては、この期に及んでいまだに状況がつかめていない。


「兄はなにをしたんですか?」


「もし、この世がゲームの世界になったらどうする?」


「いきなりなんですか……私が訊きたいのは、」


「いいから答えて」


「え……クリアすること?」


「それはプレイヤー側だね。じゃあ、開発側に沿って考えてみよう」


「ゲームを楽しんでクリアしてもらいたい?」


「中々いい線いってる。

おそらく彼は『リンク・ユニバース』というゲームを媒介に、そのゲームを現実にすり替え、押し潰そうとしている。

現代という世界を壊して、新たな世界に創り変えようとしているんだよ」


頭に情報が入ってこない。意味不明な単語の羅列に聴こえる。


「なんなんですか。意味わかんないですよ。そんなちんぷんかんなこと説明されても。

私が訊きたかったのは兄の現状です。兄は私の元へ戻ってくるんですか」


「……ごめん。オレが君に今説明したのが悪かった。後日落ち着いて話し会おう」


私はきっと冷静じゃない。


思ったほど落ち着けてないし、現実を受け止めていない。


私はいつでも部外者でお兄ちゃんの側にいられない、愚図な妹だ。


気づくと兄の姿は夜空から消えていた。


からっとした月だけが冷たく私を照らす。


「……意気消沈。ヤレヤレも頑張ったけどバテちゃった」


音もなく緑髪の女は現れた。

息はきれており、赤い髪の女を抱っこしている。


「二人とも迅速な対応ご苦労さま。今日はパンケーキだよ」


「隊長の、パンケーキ……食べたい。レレちゃん食べさせ……て」


抱っこされている赤髪の女が朧気に反応した。


疲弊しきっているのか、反応したといっても声だけだった。


「本部帰還を言い渡す。侵食抑制剤イロージョンサプレッションを忘れるな」


「唯唯諾諾。お家に帰るよ、レレちゃん。隊長もお気をつけて」


ハレルヤにお辞儀をしてから私を一瞥する。するとまもなく、また音を立てず消えた。


「……あの人たち、ハレルヤさんが言っていた友人ですか」


「誇らしい友人だよ。若者特有の見栄ばかり張って無茶をするのが玉に瑕なだけで。

ま、今のオレにも着いてきてくれるお節介な友人なんで、死なせはしない。もう誰もね」


慈愛と決意を感じる目だった。本当に信頼して大切に思っているのが伝わる。


「隕石をバラバラにしたのもあの人たちなんですよね」


「緑髪のがレレルヤ。赤髪のがヤレルヤ。仔細は省くけど彼女たちは君と同じく列記とした人類だよ。ちょーと人間の範疇を逸した強靭さを持っているけどね」


静まりかえっていた深夜が今となってはガヤガヤと騒がしい。


私の心を映したらこんな情景だろう。


表面は平然としているのに、裏側は収拾がつけられないほど混乱している。


急ピッチで進行していく事態の錯綜。取り返しのつかない家族の崩壊。


私はどうすればいいの。


ついに、ごまかしていた心が破裂しそうだ。


冷静につとめれば、つとめようとする度に感情がこんがらがっていく。


泣きたくても泣けない。

助けてと叫びたくても叫べない。


父を悼むひまはなく。

兄を憎むこともできない。


私自身を救うことはもうできなくなってしまった。


……死んでしまえば。


バサバサ。

くぐもっていた脳に明らかにおかしな音が届いた。


誰かが私の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜている。違う、乱暴に撫でている。


「……なんですか、これ」


不器用に撫でられている頭。力加減が分からなくて、すこし痛い。


すこしこそばゆい。


「ほら、ちょうど君くらいの子の頭を撫でられる手があってね。で、魔が差したら。

思ったより小さくて、ちょっと力が入っちゃたかな」


「小さいってなんですか。私はもう──」


ちらりとハレルヤの顔を見た。

その顔は私をしっかり見てくれていた。


「……見栄を張る必要ないんだよ」


ダレかに言って欲しい言葉だった。


でも決して貴方から言って欲しくはきっとない、言葉だった。


決壊した。


濁流をせき止めていたものが今ので、完全に瓦解した。


「なんでよ!お父さんもお兄ちゃんも勝手に置いてって!私、にぃ、何一つ返させないで……ホント自分勝手!自分勝手!自分勝手!……私だって、我儘言いたかった!

もう一度家族皆でごはん食べたかった……」


内心は悟っていた。


理解から遠い場所で薄々気づいてしまっていた。


溶けていく。

心で受け止めていたものが全て。


止められるはずがなかった。

だって私、諦めきれるはずがなかったから。


まだ、あの頃に戻れると勘違いをしていたからこそ。


そのために、また戻れたときのために。

後悔を後悔にさせないために頑張ってきたのだから。


諦めたくなかった。

吐き出したくなかった。


後悔をもう二度としたくなかった。

無駄だったなんて一つも思いたくなかった。


ああ、なんて無駄だったんだ。


「気分はどうだい?なんならまだ泣いてていいけどね」


「……ありがとうこざいます。泣き疲れたので遠慮しておきます」


泣いてたんだ。

気づかなかった。


思えば倦怠感がある。

心には途方もない虚脱感を抱いて。


「……ところで、提案があ、」


「ついて行きますよ。どこへだって」


「早とちりはよくないって。君にはまだ別の道があるんだから。選択肢を見て見ぬふりをするつもりかい」


「いりますか?選択なんて。後悔を重ねるくらいなら、どっちかを迷う暇があるなら。

私は選ばない。運命がもし存在するのならばそれに私は従います。

たとえ、それで死ぬことと知っていても」


ふっきれていた。

考えていたことは忘れた。


ただ、なれるとしたら。

私はロボットになりたくなっていた。心さえ忘れて。


「……その道にきっと後悔はありはしないよ。でも楽にはなれない。徐々に痛みを認識できなくなって、いずれ自分さえ忘れる。

それでも、君は。選択生きることをしないのかい?」


「……」


言葉は忘れている。体だけ唯一肯定を示し、静かに頷いた。


「解ったよ。ならば、今ここに。

天岩アマノイワ ナルを重要保管指定人物として連行する」


冷えきった言葉が発せられた。体温をハレルヤに預け。


ヒトに心臓をべる。


もう温もりを覚えることはないだろう。


「なんで、助けてくれなかったんですか」


唯一、私が私を忘れる前にほんのひとつ心残りがあった。


それは、私を庇えたハレルヤが父を庇えなかった理由だ。


「君のお父さんのことかい?」


黙って頷く。


感情が消えていく。

どんな返答が返ってきてもいいように。


「アレはオレの判断ミス。ごめんね」


感情が、しなかった。


声に罪悪感が含まれていなかった。

私はハレルヤがウソをついていると確信した。


けれど、別に憤りを覚えない。


──だって、至極どうでもいい事なのだから。



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