slot 4 謝りたい

攻撃が来るかと思った。だが、いつまで経っても来なかった。


もしくはもう攻撃を受けていて死んだとか。それだったら納得できる。


あれは確実に殺してやるという執念の目だった。


それほど、接続者リンカーは忌避されるものなのだろうか。


勇気を出していつの間にか瞑っていた目を開く。


そこには攻撃の構え?両手の甲同士を合わせて口元を隠したまま固まっている女がいた。


目線は俺の目より上にあった。


「……レレちゃん?嘘よね?」


振り返る。風穴のところでパウアウフが不満げな顔で佇んでいた。


右手にはパウアウフに挑んでいた女の首。


つまるところ、体はなかった。


女の首は半分ほど抉れており。脳がむき出しになっている。


「ほう。貴様もコヤツの仲間か……いや、聞くまでもない。ちと待っておれ、すぐ理解する」


そう言ってパウアウフは、女の首を自分の顔まであげて。


食べた。


骨をボキボキ、歯をバキバキ。

髪をズルズル、脳をグチャグチャ。


美味しそうに。

心底楽しそうに。


何一つ残すことなく、完食した。


「……ほぅ?ほほぅ!そのような計画をな。まったくつまらん事をいつまでも人間は考える生き物だな」


舌で唇から溢れた女の血を舐める。


「悲憤慷慨。ね、ヤレヤレ?」


「その呼び方、笑みは……レレちゃんのものだぁ……!!」


ヤレルヤと名乗った女が叫ぶ。女の方へ振り返る直前、パウアウフが何かを投げた。


「……くっ!?ガァァァ!!」


完全に振り返ると、ヤレルヤの片腕が失くしていた。


「舐るのはこれからであろう?抵抗をするな、能無し風情が」


地べたを転げ回るヤレルヤ。そこに、燃えていたはずの妹が歩み寄ってきていた。


俺は、ここまで何も声をあげられなかった。


そして、この後光景を見ても何も声にできないであろう。


──妹がヤレルヤの頭を潰した。


……妹が……人……を、こ、殺した。


「玩具を従僕に取られるとは、妾も老いたものよ」


「……に、ぃにを、いじめるやつ。ゆるさない」


理解はもう諦めた。だから、余計なことを考えるのはやめよう。


パウアウフと妹は、俺のために人を殺したのだ。


「あ、ありがとう……ナル」


「……!……うん!」


妹を抱きしめた。妹の体は焼け焦げていたのに、冷たかった。


「これで、邪魔すもの消えましたね。

主人、改めて妾に命令を──」


「──はは、ははは、はははははははっ」


笑いかける。なにが、なんだか。


どうでもいい気分だ。俺は、もうどうでもいいんだ。


俺は、きっと生きていたら人を悲しませる。

苦しませる。辛くさせる。死なせてしまう。



なら、ここで──


「パウアウフ、命令だ」


「如何様にでも、主人」


口元の笑みは誰のためのものであるか。決まっている。


決してではない。


「──ころしてくれ」


「──はい。主人のためならば、何なりと」


一瞬で意識が刈り取られた。


宙を意識が舞う、ぐる、く、トス。


「ふむ。実につまらん主人であったな」


妹の驚く顔がなにか言っている。


……ごめんな、俺はにぃに、になれないらしい。


‪✕‬


夢の中にいる、きっと眠っているんだ私。


夢の中には、昔見た、好きだった兄の姿があった。


私は兄の肩が好きだ。


いつも、一言も交わさずに寄り添ってくれるから。


それが、家族のような気がしたから。


夢の中はひどく暖かい。


まるで、兄の胸の中のようだ。


兄に声をかける。でも、振り向いてくれない。


あのときのようだ。扉の前、扉の奥で二人して会話もなし。


声を掛けてみた。返ってこなかった。


ムカついて、扉を叩いた。ドアノブを無理やり回した。


そしたら、簡単に回った。兄は別に避けていなかったのかもしれない。


でも、入れなかった。私から謝るのがしゃくだったから。


意固地になってたんだ。兄から謝ってくれてもいいって。


そして、数日かけたとき。


気づいた、なにやってんだって。


簡単なことだった。


私がしっかり謝ればいい。


そしたら、兄だって許してくれる。


扉の前にきた。

ノックをする。


声はかえってこない。


だから、わざわざ大きな声で昔好きだった歌を歌って気をひこうとした。


効果はなかった。


……こんなことしても、解決にならないのは分かってる。


でも、少し遊んでみたかった。


兄はもう怒ってないかもしれないと期待したから。


勇気を出した。


扉の前で精一杯謝った。


ごめん、私が悪かった。


もう、パソコンを壊したりしないから。


もう、遊びたいとか言わないから。


どうか、一緒にまた兄妹になってくれない。


……かって。


……。

……。


…………返事はなかった。


その後も何度も謝った。


でも声は聞こえなかった。


私は結局怒っちゃって、扉を叩いた。


ドアノブをグリグリ無理やり開けようとした。


……ドアには鍵が掛かっていた。


それから、兄とは言葉さえ交わしていない。

どこで間違えたんだろう。


「お兄ちゃん、ごめん、あのとき」


兄の背中に向けて言う。届いているかは分からない。


「……」


応えてくれなかった。でも、こっちには向いてくれた。


表情は暗かった。目も会わない。


「強い言葉言ってごめんなさい……パソコン壊そうとしてごめんなさい、ドア叩いてごめんなさい、うるさくしてごめんなさい、仲直りできなくてごめんなさい……」


必死にすがりついて謝った。


それでも暗い顔のまま。


なんで今なんだろう。


なんで夢の中でしか謝れないんだろう。


謝っても現実では仲良くなれないのに。


どうして、謝ってしまうんだろう。

どうして、こんなに謝ってるのに。


兄は一言も言ってくれないんだろう。

夢なのに。私の、夢なのに。


謝り続けて疲れた。

腰を下ろして、縮こまる。


夢でも私は弱虫だ。

なにもできない、人間だ。


ポタポタと、何かが落ちる。

きっと涙。夢でも泣くことあるんだ。


「……へ?」


頭が暖かい。

誰かが私の頭を撫でている。


兄じゃない誰か。

兄はもういない。


見えなく、いなくなってしまっていた。


ふと、上を向く。優しい手が見えた。


「なにをしたい?」


優しい手の主が私に聞いてきた。顔は見えない、ぬくもりだけが母のよう。


「お兄ちゃん、に!謝り……たい……」


懇願した。泣きついた、叫んだ。


「わかった。では、あの光に手を差し伸べなさい」


手が指し示す方を見る。そこには、兄のパソコンがあった。


私はよろめきながら進んでいく。

光の方へ、遠い世界の方へ。


パソコンの画面はなにかを入力待ちのようだ。


「パスワードは──」


言われた通り、パスワードを入れて。

ボッーと画面を見る。


「それじゃあ、気をつけるんだよ」


優しい手の主はそう言うと消えていく。私を残して消えてゆく。


それにつれて、私の意識も消えていく。


パソコンの光に呑み込まれていく。


その最中。


誰かが私の夢の中へ入ってくる音がした。






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