slot 3 救いこそ罪
女は超人的な速度でパウアウフめがけ突進した。
ので、目で追えず。突風を甘んじて受けるしかなかった。
「貴様の
ユガヤの末裔、
「
「意味は知らぬ、ならば挑発と受け取ろう」
パウアウフを見れば、女の身の丈ほどある斧が深々と袈裟斬りに鎖骨から腰まで入っていた。
両断はされていない。そもそも、血が意志を持っているかのように出血さえしていなかった。
「電光雷轟」
落ち着いた声で言い放ち。女の斧は真紫に光る。
轟音だった。目の前に雷でも落ちたかのようだ。
いや、実際に落ちたのだろう。その瞬間の記憶がなかっただけ。
なぜなら、倒れた俺に覆いかぶさっている妹が丸焦げになっているのと、体が麻痺しているからだ。
俺はこの事態を見て直感で感じ取る。特殊な力で女の斧は雷を生むことができるのだ。
まるでゲームの世界。現実ではありえない行為。
そしてこれは現象として説明するならおそらく誘導雷によるもの。
妹はパウアウフのおかげ?で吸血鬼化した影響により黒焦げになっている部分が自然に治癒していっている。
でも意識はない。呼吸はある。
ほっとした。生きている。
妹が庇ってくれなかったら俺は死んでいた。
現状を見たいが、首さえ動かない。パウアウフはどうなったんだ。
「……
「神話を借り受けてなお、冒涜を晒すか。贋作の入れ物よ」
ドゴン……と、硬いものが鋼鉄にあたる音がして何かが吹き飛んだ気配がした。
「主人を狙う輩を殺してきますね!では!」
俺を殺しにきたのか?絶対パウアウフだろ、標的。
まだ起き上がれない。パウアウフはどこかへ行ってしまった。
風穴から飛んでいったであろう女を追ったのだろう。
かくして部屋には静寂が戻った。妹の意識は未だに戻らない。
改めて感じたことを吐露しよう。
「意味わかんないな……」
ゲームのキャラがでてきたり。そのゲームのキャラに妹が吸血鬼にされ。
ゲームのキャラを狙う女が現れ。よく分からない戦闘が始まった。
これが現実だと誰かに話しても信じてもらえないだろう。
あ、話す友達もいないんだった。
そういえば両親は大丈夫だろうか。こんな爆音がしているのに起きてこないのはおかしい。
寝付きのいい両親ではない。ひきこもりの俺の部屋から爆音が鳴っているのだ、すぐ起きてきてドアでも壊して文句を言うだろう。
俺の身は案じてくれないだろうな。部屋のこととか、本当のことを話しても信じてくれなそうだ。
痺れが消えてきた。妹を丁寧にどかす。
上体を起こして部屋をみると、なぜかパソコンだけ原型を保ったまま、ベッドやらタンスやらが粉々になっていた。
雷のせいだ。ところどころで煙が立っていて、焦げ臭い。
「どうすんだよ、これ」
ぎし、ぎし。廊下から足音がした。
さすがに親が起きてきたか。どう説明するかな。
ドアが開かれる。俺は無理と知って、必死に状況説明の言葉を頭の中で考える。
「あ、これは──」
「ずいぶん暴れたのね、レレちゃん」
両親じゃなかった。両親の髪を手綱のように掴み、地べたにひきづりながらソイツは現れた。
長い艶やかな赤い髪を持った女だ。膝裏まであるその髪は先っぽを一つにまとめられている。
胸はないに等しい。顔は中性的で美形である。
身長は俺よりあると思う。180cm前半といったところだ。
鋭い灰色の三白眼が部屋を見る。
もう驚いている暇はない。俺はそんなやつがここに現れたことよりも、両親のことを考える。
見たところ傷はない。出血もない。
安心した。……こんな感情は久しぶりだ。
2年間見てこなかった両親は相変わらず当時のままだった。
「アンタが
突然そんなことを言われた。確かさっき不法侵入してきた女も同じことを言っていた。
「……自覚はなしっと。で、そこの──」
妹を見た。妹の外傷は完全に治っていた。
すやすやと寝息さえ立てている。吸血鬼化ってすごいな。
「吸血鬼──それ吸血鬼よね?」
「……それより、アンタ誰だよ」
「退きなさい。殺すわ」
「──は?」
なんでそうなる?こいつは俺の妹で──
ふと脳裏にパウアウフが浮かんだ。妹と会ったとき、問答無用で襲ったではないか。
吸血鬼は人間にとって外敵だ。と思う。まだ確証はないが。
だから、この女は妹を殺そうとしているのだ。
「待っ……てくれ。俺の妹なんだ」
出たのは小さい声だった。18歳の男から出ないであろうひ弱な声。
「……それがどうかしたの」
対して女は感情を消した無情の声だった。俺と同い年くらいなのに、こんな怖い声が出るのか。
「どうも、ないだろ、吸血鬼でも人間だぞ」
「人間はそんな肌はしない。ちゃんと見てあげなよ、お兄ちゃんなんでしょ。
今、隣りにいる人間は同種だと思う?」
俺は横で寝ている妹を見る。やっと、ちゃんと見た。
肌は腐りかけ寸前の真っ青だ。生気を感じない。
爪は異様に伸びていた。血管が身体中に浮き出ている。
髪は艶はなく、真っ白になっていて。歯は猛獣の牙をとりつけたように鋭利に尖っていた。
服は焼け焦げたせいで羽織っていなく。きっと、妹は起きても気にはしないだろう。
もう、怪我を気にすることもないだろう。
なぜなら皮膚は鱗のような紋様ができていて鋼鉄なのだから。
「……どう?観察してみて、それでも人間と言える?」
俺は首を縦にふれなかった。むしろ、横にふりたかった。
「どいて、アンタは拿捕しないといけないから安全を保証するけど。
そこの吸血鬼は邪魔だから、燃やすわ」
抵抗はできないと思う。コイツも風穴を空けた女同様、なにか力を持っているはずだ。
俺はきっと、なにもできずに死ぬと思う。たとえ抗っても無駄死にするんだ。
ああ、いや。そもそも。なんで妹を庇おうとしているんだ。
そうだよ、そうだ。
カスのひきこもりだの。クズだの、性根が腐ってるだの。
生きる価値ないだの。散々言われた。
両親よりひどかったと思う。
ひきこもって1年ほど経ったとき、妹がバットを持ってパソコンを壊しにきたときがあった。
だから俺はパソコンを壊される前に妹を殴った。
必死に抵抗して殴った。
妹はそれでもパソコンを壊そうとした。
身の程を知れと、兄に逆らうな。
オマエは邪魔だと。
確か、あのとき妹は泣いていた。
俺が殴ったから……だろう。
いや ……殴る前から泣いていた。
どういう訳かは分からない、けど泣いていた。
その日から、ちょくちょく俺の部屋に来ていた妹は来なくなった。
いや、何度か自室の扉の前に来てたっけ。
俺になにか声をかけていた。
俺はもちろん無視した。もう、仲の良い兄妹ではいられなくなったからだ。
今思えば、妹は俺に謝りたかったんだろう。
いや、もしかしたら謝っていたんだろう。
俺が聞かなかっただけで。
……そうか──俺も謝りたかった。
なんで、今更そう思うのか。
情けない兄でごめん。だからせめて、こんなときくらいは兄らしくなってもいいよな。
「退きなさい」
「……無理な提案だ。俺の所有物に手を出すな。出したら──分かってるな?」
俺はゲームのときの自キャラを演じて、女を見据えた。
なんとも、イタイ行為だ。でもこれじゃないと勇気がでない。
今までの自分じゃ、勇気なんてもてない。かといって力を持ったわけじゃない。
「へえ?やる気?アンタ、
知るわけない。というか、リンカー?も分からない。
そろそろ教えてほしい。
……そうじゃないか!
何がなんだか分からない自分だが、相手も俺のことが分からない。
なんだ、まだ抵抗の余地があるんじゃないか。
「……俺のリンカーとしての力は、測りしれない。攻撃をするのなら、相応の力でオマエたちを葬りさろう」
脅しをした。
もちろん最高のハッタリだ。内心ビクビクしている。
「なに?アンタ、私たちを知ってるの?さっきはとぼけてたわけだ──チッ」
「そうとも。ずいぶん弱そうな奴が迷いこんだのでな、少々遊んでやったのだ」
「やるじゃない、騙されたわ。じゃ、私たちの目的まで知ってるんだ」
「──左様。俺の力で、オマエたちの全てを無に返そう」
リンカーがどんなか知らないから、それっぽいことを言ってはみたが、どうだろう。
これでハッタリがバレたら妹と一緒に共倒れだ。
「チカラ?ああ、アレね。確か
ログイン?言って引き出せる?力をか?
そんなことできるのか。一か八か、襲われそうになった直後にでも叫んでみるか。
「見たところ、オマエくらいなら蹂躙できる。来るなら相手をしてやってもいい」
自信満々でかます。女は若干身動ぎした。
リンカーってのはそんなに恐ろしい者なのか?
「……たとえ私が倒れても無駄骨で終わる。どれだけ、強大な力を持っていようとハレルヤ隊長には敵わないわ。
私でさえ、1歩も近づけないのだから」
ハレルヤ?
風穴を空けた女も言っていたな、その名前。
絶対化け物だな。仲良くはできなそう。
「ほう?強大な力の持ち主か。興味があるな。さぞかし強いのだろう。具体的にはどのように強いのだな?」
「ハレルヤ隊長はねー、あらゆるモノを武器として創造する最強なの。例えば──って危ない。情報漏洩、情報漏洩」
まさか、コイツチョロいのでは?話しにものってくるし、大して疑わないし。
このまま、たたみかけて脅し、相手側から逃げてくれないかな?
「アンタ、頭いいわね。私を使ってハレルヤ隊長の能力を聞き出そうなんて」
いや、アンタがバカなだけなんだと思う。やけに自慢気だったし、もしかして好きが高じて自白しかけたのかもしれない。
「ほぅ?ならオマエを捻り潰し情報を全て吐いてもらおう。……覚悟はできているか」
精一杯の低い声で威嚇する。
「わ、私が倒されてもそれこそハレルヤ隊長がいる。ならここで殺されるのも無駄じゃないわ」
覚悟のこもった目で俺を睨んでくる。
絶対的信頼だな。こんなにも信頼されるハレルヤというやつはよっぽどすごいやつなんだな。
「お喋りはおしまい。さあ、かかってきなさい。相手してあげる」
「──ふん。余裕なのはどちらか。目にもの見せてやる」
ヤバい、ヤバい。まじ今際の際際。
これはもう挑発できそうもない。脅しはもう効かないか。
ふー、小便ちびりそう。今から逃げても、誰も文句言わないよね。
「そ、その前に、オマエの持っている男と女を安全なところに置いてくれないか。
勝負には些か邪魔だろ?
あと、人を運ぶとき髪を鷲掴みするのはどうかと思う」
「そうね、この人たちを巻き込むのはよくない。どこが安全かな?」
「──ドアを出て階段を降りて玄関を出る。右向け右、3歩前進、また右向け右で奥に倉庫がある。1番安全な場所だ」
「了解。ちょっとまってて」
「ゆっくりでいいぞ」
これから戦おうってのに、なんとも緊張感のない会話をしてしまった。
女は勢いよく自室を出た。その際、両親2人をお姫様抱っこで運んでいった。
父の上に母を重ねてだ。腕力が素で強いタイプだな。
殴られたら一発即死を覚悟する。腹パンくらったら腹を突き破るんじゃないか?
さて、どこに逃げようか。あるいは隠れるか。
妹を連れてとなると、そこまで遠くにも見つからなそうなところにも行けない。
どうする?
近所に匿ってもらえそうな知り合いはいない。
家の中で隠れても家ごと潰される力が相手にあれば終わりだ。
考えろ、考えろ、考えろ、考えろ!
俺は必死になって周囲を見回す。
散らかって焼け焦げた部屋。大きな風穴から深夜の空気が立ち込めている。
残ってるのは……パソコンだけだった。
何年も一緒に暮らしている相棒。
なんでオマエだけ?
見たところ傷も見当たらない。電源も入れられる。壊れてない。
気になってパスワードを打つ。
……間違えた?
もう一度パスワードを打った。今度は正確に急がず丁寧にだ。
それでもパスワードは間違えた。乗っとられた?こんなタイミングで?
いや、こんなことはいい。気になるが、放置だ。
「……うぅぅ」
うめき声。それは妹のモノだった。
意識が戻ったのだ。
「……にぃに、だいじょうぶ?」
……くそ。こんなになってまで俺の心配かよ。
「……大丈夫だ。立てるか?」
「えへへ。たてるー」
……?
妹はにこにこしながら立ち上がる。
と、すぐさま抱きついきた。その体は久しぶりに見た妹のモノではなく、ひどく人間離れしている。
そうして、幼かった。
妹は今年で中3だ。中3の女子が兄に抱きついてくるか?
それは絶対にノーだ。むしろ罵倒しながら殺しにくるだろう。
だが、どうだろう。我が妹、
つまり吸血鬼化の影響のせいか、心まで幼くなっているのではないか。
……くそっ。無性にムカついてくる。
なんでこうなった。
踵を返し、妹を連れて扉を出ようとすると、俺を追い越して妹が先に扉を出て──
焼かれた。
妹が絶叫をあげて、その場で悶え苦しんでいる。
「──は?」
廊下へ既に来ていた、あるいは待ち伏せていた女が扉の前を通り過ぎる。
「チッ。吸血鬼のほう、か」
「なんでいるんだよ、オマエは両親を……」
「もちろん保護したわ、私たちの元で。アノ人たちはちょっと、ほっとけない」
「……なに?」
「それにしても、吸血鬼を囮にするなんてやるわね。あんなこと言っておいて、結局アンタも人として見ていないってわけ」
分かったような口をきく女。
「なんでそうなるんだよ……意味わかんねぇ」
「そっちが本性かな。アンタの余裕、消えてるわ」
燃え続けている妹を踏みつけながらこちらを嘲笑う。
「結局、おかしく変えられてしまった人間には救いはない。巻き込まれる人間にも擁護の余地こそあれど救済はないに等しい。
こうなったのも全てアンタが原因よ……」
なんだよ。ついていけねぇよ。俺なりに家族のこと考えてんだよ。
だから頼むから、やめてくれ。そんな言い方しないでくれ。
「罪には罰を。罰には刑を。刑には死を」
俺がパウアウフを喚んだからか。俺が妹を吸血鬼にさせてしまったからか。
なあ、謝るから、俺が悪いなんて……
「
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