人里離れた深い森のその奥の、沢の畔にひとりで暮らしている代筆屋。とびきり偏屈なくせに寂しがり屋という噂のその彼は、美しい字を書くことでも名が知れていて、頼りにやってくる客もそれなりにいるようです。
物語の初めに登場するのは奉公先の花売り娘に恋する青年。実家を継ぐために故郷へ帰らなければならなくなった彼は、彼女を彼の元に留めるための手紙を書いてほしいと頼むのですが——?
それぞれ事情を抱える依頼人と、代筆屋が書き上げた手紙。どれもが少し切なくも温かい優しさに満ちているのですが、最終話を読んだ後に気づく、この物語が書かれたきっかけとなった企画の「ニセモノ」というキーワード。
鮮やかで美しい情景描写に酔いしれつつ、見事なお題回収に膝を打ってしまう素晴らしい一作でした。