第24話

 高橋恵たかはしめぐみ

 20年前にたった一年間だけ活動したアイドルである。

「愛してるをもう一度」で歌手デビュー。

 いきなり武道館コンサートを成功させた歌ウマ系清純派アイドルである。

 親父がテレビで芸能ニュースになると高速でチャンネル変えた理由がわかった。

 同曲はありとあらゆる媒体で繰り返し使われる平成の名曲とのことである。

 待て待て待て待て。

 楽器出来ないほど不器用なのに、歌!?

 あのおっさんが歌う所なんて見たことないぞ!


「ああ、髪切ったら歌うと肺が痛くなるようになってな。歌えなくなったんだ」


 また髪かよ!!!

 二代目高橋恵になってしまった俺は大きく悩むハメになったのである。


 楽曲は恐ろしく速くできあがった。

 曲は紫苑とのユニットで歌うことになった。

 紫苑はダンスの方が得意なのでダンスメインかなあ。

 そもそも二人セットでいいのかを電話でマネちゃんに聞いてみた。


「だって二人セットの方が人気ありますし」


 たしかに。

 たしかに二人でコラボしたときの方が段違いに再生数が多い。

 マネちゃんの言うことは正しい。

 で、「どっちよ?」と聞いた。

 二代目高橋恵なのか菅原晶なのか?

 実写なのか、それともVなのか?


「今回は実写ッスね。屋形船のプロモーションもありますし」


 屋形船の会社はこの間の騒ぎで会社名が何度も出て大喜びだ。

 実際、予約も埋まってるらしい。

 担当者も「いくらでも協力しますよ! 言ってください!」と言っている。


「Vはどうなるんですか?」


「もちろん並行してやりますよー」


「絶対歌声でバレると思うんですが」


「バレてなにか問題ありますか? エカちゃんは同意してますよ」


「俺が男ってバレたらヤバくないですか?」


「晶ちゃん……むしろそっちの方がいいって人が多いですよ」


「お、おう……クラスの連中にバレるのは永遠にいじられるから勘弁したいかなあと」


「大丈夫ですよ。菅原晶もしくは蘭童賢太郎のガチ恋勢は学年の7割にも及びます。残りは彼氏彼女持ち、マッチョ好きや、30代以上好き、太め好き、それとコンピューターや電子黒板、外車や戦車などの物へのガチ恋勢が……」


 ちょ、後半!


「どうやって調べたの……それ?」


 クラスメイトの秘密まで漏れてる。

 単純に怖いんだが。


「探偵を雇ってどうにか」


「探偵さんがかわいそうだから、これ以上クソみたいな仕事をさせないで!!!」


 受験で歪みまくった中坊の恋愛事情とかいらんから。


「とにかく……おおむね学校の人たちは晶ちゃんに好意的です。職員室もデビュー前は勉強ばかりしてた晶ちゃんを心配してたみたいですよ。文句ばかり言ってますが、本音ではうれしいみたいですね」


「歪みすぎだろ先生たち」


 素直に言えや!!!


「先生は立場がありますからねえ。芸能はどうしても未成年を食い物にするイメージがありますし、晶ちゃんに声をかけて様子を見ておかしなことがないか監視してるんだと思いますよ」


「監視?」


「ええ、我々がおかしなことしないか監視してますね。これがスポーツの大会に出るとか、プロスポーツの育成チームへの参加打診とか、強豪校の推薦入試の打診だったら素直に大喜びしてましたでしょうね。報告しやすいですから」


「ぐおおお、そんな罠が……システムの問題だったか!」


「理解に苦しみますね。素直に協力すればいいのに」


「ところでどうやってそれ知ったの?」


「盗聴ですが?」


「お願いだから探偵さんに汚れ仕事させないで」


 スマホを切る。

 脱力しながら楽曲の完成を伝えに来た紫苑の前に座る。


「紫苑、いいのか? 顔バレするかもよ」


「別にいいよ。私はけんちゃんと一緒に活動したい!」


 紫苑の迷惑にならなければいい。

 俺も自分がどこまでやれるか試したい。

 それに高校に行ったら確実に紫苑と離ればなれになるだろう。

 言語化できないがそれは嫌だ。

 繋がりを維持したい。


「わかった。やろう」


「うん!」


 感動的なシーンにわざと水を差すように電話がかかって来た。

 マネちゃんだ。


「言うの忘れてました。エカちゃん、真田さん、清水さんは晶ちゃんを男性として見てますよ。ではでは~収録で~」


「ちょ、どういう意味……」


 がちゃり。

 切れてしまった。


「マネちゃんなんだって?」


「いやなんでも。俺がクラスの人気者だって」


「昔からそうだよね?」


「あと紫苑に優しくしろってさ」


「けんちゃんいつも優しいよ?」


 うーん、気恥ずかしい。

 どう言葉をかけていいかわからん。

 視界の隅に手の平くらいの大きさの熊のぬいぐるみが映った。

 紫苑が持ってきたものだろう。

 なんとなく恥ずかしくなった俺はぬいぐるみをつかんだ。


 ごりッ!


 え……?

 なんか中に固いものがあるぞ。


「なあ紫苑、このぬいぐるみ持ってきた?」


「私が持ってきたのはそっちのガ○ダムだよ。作ったけど置くとこないから……」


「お、おう、悪かったな。なんかこのぬいぐるみ、中に固いもんがあるんだけどさ、紫苑が持ってきたと思ってさ」


「え……? ちょっと見せて」


 紫苑がつかむとこっちを見る。


「中開けていい?」


「いいけど」


 紫苑は普通のハサミで糸を切って中身を出す。

 綿が出てくる。

 綿を出すとぬいぐるみの中に指を突っ込む。

 すると出てきたのは小さな四角い箱だった。


「おっと、盗聴器かと思ったらカメラだった」


「……え?」


「カメラ。ここを押すとメモリーカードが出てくる。あ、これ無線対応のやつだ」


「え?」


「けんちゃん盗撮されてるよ。この熊いつからあった?」


「気づいたのは今日……だけど」


「たしか……えっちな本を探すためにけんちゃんの部屋を漁ったのが二日前だから……」


「なにやってんのお前!」


「ちゃんと『幼馴染みお姉ちゃんとらぶえっち』を増やしといたよ」


「おじさんに報告しとくわ」


「やーめーてー!!!」


 アホだ。アホがいる。


「それは冗談として、中ぱかー」


 紫苑はギターのピックでカメラを器用に分解していく。


「マイクの線切って。組み立てて、レンズにシール貼ってっと。はい戻して」


 盗撮カメラに詳しい女子高生……。


「戻していいのか? 壊した方がいいんじゃ?」


「いいのいいの。これでおびき出して捕まえるから」


 怖い……幼馴染みが怖い!!!

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