第19話

 練習動画の評価はそこそこ。

『かわいい』でコメントが埋め尽くされていた。

 うん、過剰評価されてるようだ。

 勉強ノルマを先に終わらせ紫苑と待ち合わせてスタジオに行く。

 スタジオは事務所から数メートル先の雑居ビルの一室だった。

 もらったセキュリティカードで中に入る。

 するとメッシュ髪の地雷女がいた。

 ミランダだ。


「ういーす!」


 部屋の真ん中でくつろいでいる。

 丸いテーブルには乾き物のおつまみ……と酒。

 ああ、これはまずいと評判のプライベートブランドのウイスキーだ。

 4リットルの。

 それを炭酸で割って飲んでる。

 その脇には焼酎。

 同じく4リットルのだ。

 こいつ……一人で8リットル飲む気じゃねえだろうな……。

 いやさすがにねえよな。

 さすがにアルコールの中毒で死ぬだろ。


「ああ、こいつ。大丈夫だいじょうぶ。収録の前に飲まないと緊張で声が震えちゃうからね」


「そういうレベルッすか?」


「けんちゃん。ミランダちゃんシャイだから、お酒の力を借りないと配信できないんだよ」


「それは大丈夫なのか!? 配信中に救急車呼ぶ騒ぎにならないか?」


 ツッコミを入れた瞬間、ガシャーンッと音がした。

 ミランダを見ると両の手に持ったビール缶を自らの頭に打ち付けて開けていた。

 潰れた圧力で開いたビールを天に掲げ両方一片に飲む。

 小さいころにアメリカンプロレスで見た光景だ。

 だばーっとビールを口に入れ飲み干していく。


「ぎゃははははははははははは!!!」


 ミランダは悪魔のように笑う。

 完全にどん引きした俺。

 だが次の瞬間、変化が起こった。


「キマってきたあ……あー……ごきげんよう皆様」


「けんちゃん、ミランダちゃんは酒の力を借りて変身するんだよ!」


「いいのかそれ?」


 不安しかねえよそれ。

 だれか止めてやれよ。

 近いうち死ぬぞ。


「さあ、エカちゃん、晶ちゃん。配信しましょう」


 こ、怖い……。


「じゃあ用意できてるし。配信するよー。はいぽちー」


 圧倒的アルコール臭の中、配信が始まった。


「エカちゃんですわー!」


「あ、晶ですわ」


「ミランダです♪ みんなおはようございます」


 ぷしゅっと今度はチューハイを開ける。

 だばーっとチューハイを放り込む。

 ……大丈夫なのか?


「うふふふ。なんですか晶ちゃん♪」


「ああ、うん、はい」


 いま、俺は、とんでもない化け物と対峙してる。

 それだけはわかる。


「今日はミランダちゃんといつもの晶ちゃんで配信しますわ~♪」


「よろしくですわ~!」


 俺はミランダに飲まれそうになりながらも一歩を踏み出した。

 ごくごくとチューハイを飲んでいたミランダの目が『やるじゃねえか小童』と光った。

 ようやく俺はこの配信の、ゲームのルールを理解した。

 雑談枠……だと……嘘つきやがって。

 これはレイド戦だ。

 ミランダというレイドボスを倒す戦いだ。


「はい、晶ちゃん、歌って」


 はい?

 気合を入れた瞬間、ミランダはマイクを渡してきた。

 そしてミュートにしてから、


「ぐえーっぷ」


 とげっぷした。

 ……なんだこの変幻自在でフリーダムな生き物は。

 マイクを入れるとほほ笑む。まるで聖女のように。


「さ、歌って」


 あれ?

 そういや小さいころ親父が「人前で歌うな」って言ってたな。

 でもそのあと合唱コンクールには出たし、あれはなんだったのだろうか?

 音楽が鳴る。

 曲は配信許諾がいらないものだ。

 俺はマイクを持たずにその場で声を出した。

 ドンッと部屋が揺れた。


「な、なにこの声量!」


 紫苑が驚き、ミランダは口から酒をこぼしながら固まっていた。

 俺は歌い続ける。


「晶ちゃん! 音量落とすから!」


 紫苑の声は俺の歌声にかき消される。


『な、なんやこの声量!』

『こまくないなったw』

『あきらちゃん覚醒した!』


「いま揺れましたけど、なにかありましたか!? って、ナニコレ! 晶ちゃん、なにこの歌声」


 別室にいたマネちゃんも言葉を失っていた。

 え……もしかして俺ジャイ○ンソング?

 頭の片隅でそう思いながらも歌いきった。


「嘘でしょ……」


 ミランダがつぶやいた。


「け……晶ちゃん! なにその歌声! クリアなのに心臓をつかまれたよ……ですわ!」


 紫苑、キャラ崩壊しておる。

 ミランダはウイスキーを一気に流し込んだ。


「晶ちゃん。お姉さん、びっくりしたわ~♪ お歌上手なのねえ♪」


『生きる元気をもらった』

『ロリの歌声天使』

『朗報 天使は存在した』


 ダーっとコメントが流れていく。

 ミランダはコキュコキュとウイスキーをラッパ飲みする。

 そして顔が真っ赤から真っ青に変化した。

 あ、こりゃやべえ。


「み、ミランダさん!」


 マネちゃんが声をかけた瞬間。

 マーライオン!!!


 ~しばらくおまちください~


 ミランダさんの体調不良で配信は強制終了した。


「お、おえええええええええええええええええええええッ!」


 トイレから聞いてはいけない音がしている。

 俺たちはスタッフたちと掃除。

 ほんと長生きできないぞ。

 掃除が終わったころミランダがトイレから出てくる。


「正直すまんかった」


「ああ、うん、はい」


「酒でブーストして新人いじりをしようと思ったら歌で圧倒されて酒パワーを借りようとして限界を超えました」


「けんちゃん、ダメ人間がいるよ!」


 さすがの紫苑もキレてる。


「でもさ、けんちゃんいつ歌のレッスン受けたの?」


「それが……なにもやってないのに急にあれになった」


「最近けんちゃんおかしくない?」


「自分でもそう思うわ」


 ……なんだろうか?

 最近、なんか変わったこと。

 歌う環境ができたこと?

 受験のストレス……はないか。

 ああ、そうか、髪伸ばしたか。


「もしかして……髪?」


「そう言えば今日キラキラしてるね。なにつけてるの?」


「それがなんも」


 たかだか髪伸ばしたくらいで歌声がよくなるわけがねえだろ。

 ホントなんだろうな?

 鳥ッターを見るとミランダが体調不良で中止したことを謝罪してた。

 さすがのリスナーも酒飲んでリバースしたとは思わないだろう。

 その後、俺たちは家に帰った。

 結局歌声の謎はわからなかったのだ。

 で、次の日。

 ネットニュースを見た俺は飲んでいた麦茶をこぼしそうになった。


『ミランダ! 晶ちゃんの歌声に完全敗北! スターライト崩壊の序曲か!?』


 ……いやさすがにそれはねえわ。

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