第16話

 ミランダさんが邪悪そのものの顔で言った。


「く、このにおいは! 15年ものの童貞のにおい!」


「帰っていいですか?」


 いきなりセクハラかよ。

 俺の中で桜蘭ミランダへ株価がだだ下がっていく。

 吸血鬼かな?


「ま、待ってくれ。これを受け取れ」


 なにか紙を渡される。

 開くと電話番号が書いてあった。


「あとで電話して。ホテル行こう!」


「警察に電話するわ」


「秒で通報だと! おい、紫苑どうなってる!?」


 うるせえ。

 もう帰ろう。

 そう思って紫苑の顔を見た。

 血管が浮き出たバトル漫画の悪役みたいな顔をしてた。


「ミランダちゃん。ぶっ殺すぞ。ありゃわたしの童貞だ」


 なに言ってんの紫苑。

 おーいバカ。帰るぞ。


「ぐ、いい顔してるじゃねえか! あっはっはっはっは!!! 事務所の裏来いや。今日こそ俺とおまえの決着をつけようぜ!」


「ああ。今日は死ぬにはいい日だ。おまえがな!」


 なんだかバトルものみたいにズゴゴゴゴゴって空間が歪んだ。

 やだこのい空気めんどくさい。

 壊そうっと。


「あ、鈴木さん。この輪ゴム借りますね」


 と輪ゴムをもらい指で鉄砲を作って容赦なくファイア!

 ぺし!


「ひゃうん! けんちゃん容赦なく撃ったー!!!」


 もう一個輪ゴムをもらって今度はミランダへシュート!

 ぺちん。


「ぬお! く、この俺を輪ゴム一つで制するとは……」


「はい、いいかげんにしねえと頭かち割るからなー。俺が笑っているうちにやめろよー」


 笑顔で圧をかける。


「ぴいいい! けんちゃんすんましぇん!」


「ぴにゃあ! やだこのショタ強い!」


 わからせてやった!

 つうかこいつら、似たものどうしだろ。


「賢太郎さん、このように二人はたいへん仲良しなんです」


 鈴木さんは他人事のようにそう言ってからお茶を飲んだ。


「そういやエカちゃん、よくミランダとコラボ配信してたな」


「そうそう! なんかウマが合うみたいですねえ」


 俺は二人を見た。

 ミランダはロッカーかヤンキー的な髪型に猫のスカジャン。

 インディーズのハードコアパンクバンドのロゴが入ったカットソー。

 合皮のコルセットスカートに網タイツ。

 足は黒いブーツ。

 ピアスはドラゴン。

 手は装飾品ゴテ盛り。

 ……なんというか50メートル先からも地雷臭のする姿である。

 対して紫苑は「おまえどこで買ってきたんや」というアニメのキャラなりきりファッションである。

 ぎりぎりコスプレにならない格好。

 知ってる人なら強烈な地雷臭がするが、知らない人にはシャレオツと思われそうなキャラをわざと選んでいる。

 完全に他人をおもちゃにした格好である。

 最悪だなこいつ。

 俺は二人を見比べる。

 こいつらおっぱいでけえな……じゃなくて、二人ともジャンルは違えど地雷は同じ。

 二人とも立派な地雷だ。

 うん、バカ×バカだ。


「冗談はさておき……」


 ぜったい冗談じゃなかった!

 ミランダの言葉に不信感が募る。


「桜蘭ミランダの中の人、坂崎未来だ!」


 ミランダ……未来……なるほど。


「菅原晶の中の人、蘭童賢太郎ッス」


「ママ、と呼んでもらってもいいんだぞ。ふふ、賢太郎の子どもを産むんだからな」


 なんかイラッとしたので輪ゴムを親指と小指に引っかけて思いっきり引っ張り狙いを定める。


「や、やめ! 容赦なく狙いを定めるな!!!」


 やめようかな。

 と思ったら紫苑が後ろからゴム鉄砲発射。

 ぺんっ!

 ヘッドショット。


「ひゃん! あ、てめ紫苑! やったな!」


「だからぁ! けんちゃんはわたしの!」


「一口よこせ!」


「やるかボケ!」


「話が1ミリも進まんわ! ええい、鈴木さん! 今後の活動はどうすればいいですか?」


「とりあえず楽器練習枠お願いします。同時に埼玉観光もセッティングしておきます。それとせっかくですしミランダさんとコラボしましょう」


「それチャンネル削除されません?」


「だいじょうぶですよ。彼女もプロですから。それに配信前にちゃんとアルコールを摂取させますので」


「それだいじょうぶなんですか?」


「賢太郎、人間大人になるとね……酒を飲まなきゃやってられないの」


「アル中やん!!!」


「そうだよけんちゃん、幸福度が高い国ほどアルコールを消費してるんだよ。つまり幸福の正体はアルコール……」


「紫苑、とりあえずおじさんにチクっておくから」


「ぴいいいいいいいッ!」


 このようにグッダグダのまま方針が決定したのだ。

 で、日曜日。


「地元やんけ!!!」


 川口市の安行原の蛇造りを前に俺は叫んだ。

 俺はティラノサウルスの着ぐるみ姿。

 緑色は俺、茶色が紫苑。

 そう、俺たちはいま地元にいる。

 近くには親父が「いいぞ!」と親指を立てる。

 いいぞじゃねえよ!


「社会科見学の気分ですわー!」


「まさに社会科見学ですわー!」


 二匹の恐竜がお嬢さま語で配信するカオス。

 中身の人が貫通しないようにこの措置である。

 逆に貫通してね? いいのこれ?

 鈴木さんも親指を立てる。

 それでいいのかマネージャーよ。


「お嬢さまの社会科見学企画ですわー!」


 ぴょんっと二人でジャンプ。


「川口の無形民俗文化財ですわー」


「ワラですわ」


「蛇ですわね~」


 藁でできた巨大な蛇。

 お、おう、どうコメントすればいいかわからない。

 そのとき俺は気づいた。

 バンジーの方がリアクション楽じゃね?

 紫苑に目をやる。

 紫苑も小刻みに震えていた。

 ネタが枯渇してる!


「はい、じゃあラーメン食べて帰りましょう!」


 鈴木、やる気ねえ!


「だめですわー!!!」


 ついお嬢さま語でツッコミを入れてしまった。


「お母上が! お母上が! 道の駅寄らない旅番組だけはぜったい許さないって!」


「あーはい、行きましょうか」


 ふう、セーフセーフ。

 あのヤンキー、道の駅素通りする旅番組やってるとキレるんだよな。


「セーフですわ。晶ちゃん!」


「セーフですわ!」


 あーもう開始直後からぐっだぐだじゃん。

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