第15話

 マネージャー。

 会ったこととのない謎の人物だ。

 会ったことはないがメッセージは送られてくる。

 親父へのメッセージのコピーだけどね。

 銀行口座とか反社と関わりがないことの誓約書とか、契約書とか。

 あと中学生なので労働基準法関係の書類とか。

 著作権に関する書類。

 校長による労働許可証まで。

 紙はなくてオンラインですべてやりとりする。

 クラウド契約書だってさ。

 ほとんどは俺を素通りし、俺のアカウントのクラウドストレージに書類がたまっていく。

 あと俺の弁護士と会社の弁護士のやりとりのコピーも送られてくる。

 目を通したがひとつもわからん。

 要するに人となりはわからないが事務処理はちゃんとやる人物のようである。

 さらに税理士と弁護士は専門家用のSNSでメッセージを送ってくる。

 これも親父に丸投げ。

 なんか悔しいので税法と労働法の解説書を休憩中に少しずつ読んでいる。

 わかったのは基礎的な学力が不足してること。

 悲しいかなこれが中学生の限界よ。

 土曜日に紫苑と会社に行く。

 基本的にリモート勤務らしいのだが会社の会議室で会うことになったのだ。


「やっほー。鈴木ちゃん!」


 会議室に入ると紫苑は元気に挨拶。

 中には陰のものが。

 天然パーマのワカメ髪を適当カットにした眼鏡の女性。

 それがオドオドしている。


「はじめまして。蘭童賢太郎です」


 挨拶するが「あわわわわ」とか言ってる。


「はわわわ! うつくしいひと……」


「落ち着け鈴木」


 紫苑のツッコミでマネージャーが正気に戻る。


「え、えっと、鈴木瑠璃子です。リアルでははじめまして」


「ルリルリやっほ~!」


 さっき鈴木と呼び捨てにしたその口で「ルリルリやっほ~!」とはこれいかに?


「けんちゃん、ルリルリ。マネちゃんだよ」


「あ、どうも。蘭童賢太郎です。これ親父から」


 親父に渡された埼玉土産詰め合わせを渡す。

 我が父親ながら手段を選ぶ気はないらしい。

 埼玉 OR DIE。


「あ、どうもご丁寧に。はい……紫苑ちゃん。本当にこのうつくしいひと男の子?」


「男の子だよ」


 鈴木さんがじいっとこちらを見つめる。


「写真を撮っても?」


「いいっすけど……ポーズはどうします?」


 なんだこのやりとり?


「えっと……」


 なぜか鈴木さんがクローゼットを漁りはじめる。

 そのまま言い訳できないようなアイドル衣装を出してくる。


「着て。更衣室は隣」


「女物ですよね?」


「はいはい、けんちゃんお着替えしましょうねー」


 隣の部屋で着替え。

 紫苑にならパンツ一丁くらいは見られても平気だ。

 というか着替えた後の方が恥ずかしいわ!!!


「ぎゃーッ!!! かわいい!!!」


 着替え終わった俺を見てテンションマックスの紫苑が奇声を上げる。

 戻ると鈴木さんが口を開けて固まっていた。


「ルリルリ! どうしたのルリルリ! しっかりして!」


「心臓が止まりそうになった……」


「あの……喜んでるとこ悪いけど」


 俺はスカートの前を押さえながら言った。


「ここが短すぎてだな」


 ブッーっと鈴木が鼻血を出した。


「メディーック! メディーック!!!」


「リアル男の娘の恥ずかしがる姿……生きててよかった」


「いやいやいや。恥ずかしがってるんじゃなくて、見苦しいものが見えそうでな」


「けんちゃん、どこか腫れてるの? 命に関わるわ。見せて!」


「これは社としてもタレントの状態を確かめねば……」


「セクハラやめや!」


 アホどもが!

 いらっとしたので着替える。


「それで……バカ一号。なんのために来たんだっけ?」


「けんちゃんの今後のマネジメント?」


「おう、それだ」


「そうですね。現状キャラが立っているので、てこ入れの必要はないかと。実際数字も出てますし。あとはボイスレッスンの日程を決めるくらいですねえ」


 鼻にティッシュをつめこみながら鈴木さんはほほ笑んだ。

 最高に汚い笑顔で。


「そう言われれば、けんちゃん楽器できるって申請したっけ?」


「エレクトーンとギターほんのちょっとな」


 紫苑がギブアップした後も惰性で通ってただけである。

 俺はなるべく親に逆らわない主義だ。

 なぜなら紫苑がありとあらゆる習い事を放り出した末、寺の座禅教室にぶち込まれたのを見たからな!!!


「ほうほう……って、マジですか!?」


「去年までやってただけで、そんな威張るほどの腕前でもないッスよ」


「いいんですよヘタな方が。ヘタな子が上手になる過程を視聴者が体験することが重要なんです」


 驚いた。

 ちゃんとした意見が出てきた。

 もっとダメな人だと思ってた。


「音楽著作権の配信申請しときますね。はっはっは、実際会ってみないとわからないもんですねえ。勉強になりました」


 カキカキとメモを取っている。


「それとお父様から埼玉の観光スポットの依頼が」


「それぜったいバンジージャンプでしょ」


「ええ、その通りです」


 埼玉名物である。

 ぜったいやると思った!!!


「賢太郎くんは15歳以上なんでだいじょうぶかと……」


 鈴木は俺を見た。

 俺がほほえみ返すと下を向いた。


「無理ですね……」


 人を小学生女児とか言うな。

 わかるな?


「それとけんちゃんのコラボ相手を考えないとね」


「けんちゃんと他の子は無理じゃないですか?」


「あー……」


 二人で納得してる。


「なんでよ?」


「けんちゃん、よく聞いて。世の中にはショタを食べる怪物がいるの。わかる?」


「そんな化け物がいるはずねえだろ」


 二人に囲まれる。

 二人とも「わかってねえなコイツ」と言わんばかりの顔だ。


「けんちゃん! やつらはショタ同人誌を接種して生きる妖怪よ!」


「そうですよ! あのド変態どもに見つかったらなにされるか……賢太郎くん、次来るときはボディーガードを用意してくださいね」


「え? 実在の人物?」


「実在の人物」


 すると誰かの足音が……いやドドドドドという音が聞こえる。


「この部屋からショタのにおいがする!」


 年齢は20代半ばくらい。

 金色に青のメッシュ髪の女性が入ってきた。

 ああ、ヤンキーだな。


「あ、エカちゃん! ここからショタのにおいが……」


 俺と目が合う。


「いたあああああああああああああああああッ!!!」


「誰ぇッ!?」


「こちら桜蘭ミランダさんだよ」


 桜蘭ミランダ。

 清楚系お姉さんキャラで初期から事務所を支えたVTuberだ。

 ほぼ伝説クラスの存在でもある。

 そんなミランダさんが涙を流す。


「ふええ。生きててよかったよ。お母さんリアル二次元ショタは本当にいたんだよ」


 同じ事務所だと知ってたが初遭遇がこれ!?

 つかこの人。

 私服状態の俺の性別を言い当ててるぞ。

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