第13話 真田紗綾は意識してる

 わたし、真田紗綾は保健室で目覚めた。

 鼻血を出して倒れたらしい。

 倒れる前後がどうにも思い出せない。

 なにかとてつもなく美しいものを見た気がする。

 血が足りないのかフラフラする。

 足元もふわふわとおぼつかない。


「真田さん! 立ち上がっちゃダメ!!!」


 養護の先生に抱きかかえられベッドに戻される。


「いま親御さん呼んだからね。車で迎えに来てくれるって」


 親に迷惑をかけてしまった。

 うちの親は共働きだ。

 大事な仕事の時間を奪ってしまった。申し訳ない。


「先生。わたしどうしてここに? 前後の記憶があいまいで……」


「あー、それね。倒れたあなたを蘭童くんが運んできたのよ。ほらあのカワイイ子。ピンク髪の」


 ピンク?

 わたしの知ってる蘭童賢太郎は黒髪だったはずだ。

 そう、黒髪で死んだ魚の目でいる。

 なんでもできるくせに、いつも退屈そうにしていたアイツだ。

 勉強はおろか、運動も、音楽も。

 何一つアイツに勝ったことがない。

 友だちだって多い。

 ああ、勉強しかできない自分が恥ずかしい。

 彼は悪くないがコンプレックスを刺激される。

 イライラする!

 なんでだろうか!?

 そんな私をイラつかせるあいつは黒髪だ。

 なにかを忘れているような……?

 そこでわたしは自分が体操服なことに気づいた。


「先生。たしか最後の記憶では制服を着ていた記憶があるんですが……」


「うん、たいへんだったのよ! あなたの制服、鼻血まみれになっちゃって。わたしがあわてて着替えさせたのよ」


 小柄だといえ中学生を着替えさせるのはたいへんだっただろう。

 そう言えば養護の先生は前職で看護婦さんをやっていたと聞いたことがある。

 大きい病院でバリバリ働いていたらしい。

 さすが力がある。すごい。


「制服はすぐにクリーニング出しなさいね。シミになっちゃうから」


「ありがというございます……ご迷惑かけたようで……」


「いいのいいの。養護教諭はこういうときのためにいるんだから。鼻血出し過ぎてびっくりして気絶しちゃっただけだと思うけど、ちゃんとお医者さん行きなさいね。親御さんにも言っておくから」


「ご迷惑おかけします」


 いままで問題なんて起こしたことないのに。

 なんだか悪いことをした気分だった。

 そのときコンコンとノックの音がした。


「はーい、蘭童くん入って。ほら、荷物持ってきてくれたよ」


 目が合った。

 ピンク色の髪の女子。

 ……じゃない!

 蘭童賢太郎だ!

 だが髪が。髪がセミロングでピンク色!


「おおおおおお、おまえ、なななななな、なんじゃその髪!」


 カーッと顔が熱くなった。

 な、な、なんで?

 なんで顔が熱くなるの!?

 なのに賢太郎は涼しい顔で言う。


「おう、地毛。染めないで登校しろってさ」


「あ、あ、あ、あ……」


 耳からジンジンと音がしてきた。

 いつも目の下にあったクマが消えて、死んだ魚のような目もいきいきと。

 あ、目が大きい。

 マツゲ長い……。


 じゃ、なくて!!!


 目がぐるぐるしてきた。

 頭がゆだってわけがわからなくなってきた。


「どうした? 顔真っ赤だぞ。せんせー、真田の様子がおかしいッス。風邪かも。おう、熱はあるか……」


 細くて長くて日焼けししてない指が迫ってきた。

 そのままわたしのおでこに手が添えられる。


「やっぱ熱いっすよ。せんせー、やっぱ真田おかしいわ」


「あらあらー」


 もう私は限界だった。


「あうあうあううう」


 口からは意味不明なうめき声しか出ない。


「寝てろ真田」


 賢太郎はわたしをやさしく寝かせた。

 顔が!

 顔が近い!


 ぶばっ!


「先生! また鼻血!」


「あらら、あとはやっておくわ」


「いなくて大丈夫?」


「うーん、蘭童くんがいると症状が悪化しそうかな」


「お、おう。じゃあ帰るっす」


「あらサボり?」


「いいえー。制服クリーニングに出さなきゃならないんですよ」


「あらら、それはたいへん。うん、ありがとうねー」


 わたしの鼻を押さえながら先生はおっとりした口調でやりとりする。

 一方、わたしはだんだん気が遠くなってきた。

 意識を手放しそうになる寸前、賢太郎は言った。


「おう、じゃあ俺帰るな。ちゃんと休めよー。真田はいつもがんばりすぎてるからな」


 なんとか答えようとしたが、そこでわたしは落ちた。

 ありがとうって言いたかったのに。


 どれくらい経っただろうか。

 いやたぶん一時間も経ってない。

 わたしは起こされた。

 目の前に心配そうな顔のママがいた。


「紗綾ちゃん大丈夫? お医者さん寄って帰ろうね」


「うん」


 もう抵抗するだけの気力はない。

 保健の先生に肩を貸してもらいママの車に乗り込む。

 車でかかりつけの内科に向かう。


「ママ……」


「紗綾ちゃんどうしたの?」


「わたし、とても美しいものを見たわ」


 ようやく思い出した。

 あの美しいものは賢太郎だった。

 まるで芋虫が……芋虫にしては元からかわいかったが。

 芋虫がいきなり蝶になったのだ。

 そんなわたしの言葉を聞いたママは顔を歪めた。


「の、脳外科かしら……総合病院でCT撮らないと……と、とにかくまずは紹介状をもらってこないと! ああ、どうしよう! まずはパパに電話して……」


 思った以上に慌ててた。

 言えない。

 賢太郎の顔を見て興奮しすぎたなんて言えない。

 ああ、でも賢太郎の顔、なんて……かわいい。

 なでなでしたい。

 すりすりしたい。

 抱きしめたい。

 いや落ち着け……なんでわたしは同級生の男の子をぬいぐるみみたいに扱ってるんだ?

 だけど賢太郎のことを考えると顔が熱くなる。

 なんでだろう?

 医者につくと血圧やその他の検査をすることに。

 血圧も頭も問題なし。

 鉄分だけ少ないので鉄剤を処方される。

 でも思春期ではよくあることらしい。

 結局、納得できないママの意向で総合病院に紹介状をもらって二軒目の病院へ。

 病院で待っている間、ママは制服と体操着をクリーニングに持っていく。

 病院で血液検査をしてCTを撮る。

 特に問題はないらしい。

 MRIの予約を取って終了。

 ママが支払いをすする。

 ああ、そろそろ配信が始まる!

 菅原晶ちゃん。

 最近デビューしたVTuberだ。

 かわいい声の女の子だ。

 かなり若いんじゃないかなと思っている。

 わたしは車内で動画を見る。


「晶ですわ!」


 今日は失敗したけど、晶ちゃんを見て元気になった気がする。

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