第12話
ふくれる紫苑だがそのまま怒って帰る……ということはなかった。
そのまま当然とばかりに顔で家でメシを食べていく。
「んー! おばさんのからあげ美味しい!!!」
たしかに美味い。
味が濃くて美味い!
味が濃いか薄いかしか判断基準がないわけじゃねえぞ。
「ねえねえ、おばさん。けんちゃん目の下のクマなくなったんだよ。そしたらさあ、けんちゃん見た同級生が鼻血出して倒れたんだって」
「へえ。お父さんも昔よくやってたわねえ。ねー、お父さん」
母親が「うふふふ」と笑う。
嫌な予感しかしねえ。
「賢太郎髪伸ばしただろ。それで目の下のクマと死んだ魚の目が治ったんだろうな。俺も髪伸ばすとそうなるしな」
「……どんなメカニズム?」
「医者に聞いてもわからんのだから父さんがわかるわけないだろ。酸欠とかじゃないか?」
「俺たち髪の毛で呼吸してんの!?」
「知らん。父さんも若いころ医者行ったけどわからなかった。ただ髪伸ばすと息継ぎしなくても1時間は水の中で活動できるらしいぞ。沖縄のおじさんいるだろ。水中の工事やら請け負ってるらしいぞ」
まーた虚言だよ。
そんな人類いるわけねえだろ。
「うちの一族は変態しかいねえのかよ……」
「ま、眉唾だな。父さんも泳げないしな」
親父は不器用すぎて運動全般が苦手である。
丸刈りだった小さいころプールで息継ぎできなくてプールの隅で座っているレベルだったらしい。
それが水中で一時間稼働可能なんてどう考えても世迷い言だろう。
ねえよバカ。
「お母さんは、なんでもいいわー。パンチパーマとかモヒカンにしなければ」
「アメリカ海兵隊みたいな髪型が理想なのに!」
「クソガキ! ふざけた髪型にしたらぶっ殺すぞ!!!」
「おばさん! 子どもができるまで殺さないでください」
「やだ、この幼馴染み怖い。エンピーバーリー」
「ドシュッ!!!」
自らの口で擬音を出しながら紫苑が俺の脇腹をつつく。
やめろ!
脇腹弱いんだよ!
「さーわーらーなーいーでーくーだーさーいー!」
「あ、そういうこと言う。ドシュッドシュッドシュッ!」
「はいはいやめてー。いいかげん訴えるぞ」
「賠償として結婚します!」
「はいはい。そこイチャイチャしないの」
ここで強制終了。
ひどい話である。
紫苑が帰った後、俺はアバターの動きを試そうとする。
部屋を片付けてストレッチ。
おいっちにいおいっちにい。
アキレス腱伸ばして。
180度開脚して胸ぺたー。
前後開脚ぺたー。
うん、力んでない。いけそう。
起き上がって蹴り。
うん大丈夫。
よっし録画入れてやるべ。
内回し外回し、からの後ろ回し蹴り!!!
さーってちゃんと獲れてるかなあ。
録画を止めて再生する。
俺のアバターが同じ動きをする。
モーションセンサーはちゃんと作動していた。
「よっし、アップしよ」
ショート動画でアップロードする。
「こんな意味不明なの誰も見ねえよなあ」
アップロード完了。
マネージャーにメッセージを送る。
なおマネちゃんには未だ会ったことがない。
紫苑が顔知ってるから大丈夫だろ。
さてさて、勉強するか。
いつものように問題を解いて解説動画を見る。
あきたら思考を放棄して暗記もの。
よい学校に入るというのがすでに想像から飛び出てるが、それでもやる。
未来の選択肢が増えるからな。たぶん。
で、二時間ほどベッドと机を言ったり来たりしながら勉強。
途中伸びをしてストレッチ。
その際に部屋の隅に鎮座するギターを見つめる。
紫苑が放棄したものをもらってきたのだ。
アンプやヘッドフォンもある。
ギターピックももらった。
「練習しねえとなあ」
せっかくもらったのだ。
「むかしバンドやっててさあ」って言える程度に弾けるようになりたい。
ただ親父にだけは知られたくない。
知られたら最後、「俺は鍵盤ハーモニカすら弾けなくてな。くやしくて、くやしくて! わかるか賢太郎!」とまた始まる。
そのうちやればいいな。
少し雑念が入ったので運動。
足上げ腹筋。
終わったらスクワットして腕立て伏せ。
運動部でもねえのになにやってんだ俺は。
筋トレが終わったら暇つぶし。
マンガでも見るか。
と思ったら着信音が鳴る。
紫苑からだ。
「ういーっす。なんかあったか?」
「け、けんちゃん、た、たいへんだよ! アカウント見て!」
ああん?
よくわからずにアカウントを開く。
すると先ほどアップロードしたショート動画の再生数がとんでもないことになっていた。
「なんで?」
「理由は鳥ッター見て!」
鳥ッターを開く。
するとトレンドに「#スパッツ助かる」とあった。
「……見せてもいいと言われたのだが」
「動画のアクセス解析見て!」
ああん?
意味がわからん。
完全に意味わからん。
見てみると10代~30代の女性視聴者がやたら多い。
「女の人が見てるな」
「そうだよ! 半分はショタの波動に目覚めたんだよ!」
なんだそのひでえ語感。
人類! なんに目覚めてるんだよ!
「もう半分はロリの波動に目覚めたんだよ!」
「そんな波動捨てちまえ!」
コメントを見る。
『はあはあ、スパッツ尊い』
『えちち』
『菅原が悪いんだぞ』
「大人気だよ!」
「俺ちょっとみんなが心配になってきたよ」
「それは気にしないで。ネタとしてギリギリを攻めるガチ勢と、晶ちゃん親衛隊しかいないから」
「それ気にしないでいいの!?」
「いいの!」
いいのか……。
「う~ん、一度会ってみるか」
「誰に?」
「マネージャーさん。このままやりたい放題で続くと思えん」
「うーんたしかに。お好み焼き配信はあとで冷静になったら自分でも意味がわからなかったよ」
「プレイするゲームもなにやればいいかわからないし」
「そうだね……。わたしはホラーゲームやってればいいと思うよ」
「ぜったいやらねえ」
「いいじゃんやろうよー! っていうのは置いといて、さすがに連絡ないのおかしいからマネちゃんにアポ取っておくね」
というわけでマネージャーに会う約束を取り付けねばならなくなった。
めんどうだがやらないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます