第9話

 目の下のクマが消え、髪もピンクに戻った。

 リアル時間でクラスメイトの暴走から数日後。

 もめにもめまくった地獄のような日々だった。

 担任に呼ばれ、学年主任に呼ばれ、教頭に呼ばれ、校長に呼ばれ、さらには教育委員会にまで。

 反対派は現場の教師。

「伝統を変えるわけにいかない」カードを発動。

 あーあーあーあーあー聞こえない効果を発動。

 対するは生徒たち&PTA。

「それ直球の差別じゃね?」カード発動。

 えらい人からフルボッコ発動。

 問題が市在住の外国人の所にまで飛び火。

 俺は完全に蚊帳の外。場外乱闘が続いた。

 結局は根負けした校長が「特例で許します」と白旗を揚げた。

 なお何もしてない。


「お願いだから地毛にして」


 完全勝利である。

 関係者のメンツをつぶさず学校に恩を売った形である。

 俺何もしてねえけど。


 さてさて、ピンクの髪をセミロングにして登校。

 俺の髪は伸びるのが異常に速い。

 理由は知らん。体質だろう。

 髪が伸びるのが速いとムッツリスケベ説。

 それだけは否定したい。

 実は髪切りに行く暇がなかったのだ。

 で、風呂場でツーブロックゴリラにしようとしたところを母親に発見。

 自身の汚い金髪を棚に上げて金切り声を出す。

 夜も遅いというのに母親の知り合いの美容室に連行された。


「なにか希望の髪型ある?」


 って美容師のお姉さん(おそらくヤンキー)に言われたので、


「パンチパーマ」


 と言ったら即座に母親の拳骨が飛んできた。

 で、結局これよ。

 いいところのお嬢さん風セミロング。

 本命のモヒカンも却下されてこれ。

 もうちょっと男らしい髪型がいいのだが。


「おいーっす」


 雑な挨拶して教室に入ると視線が俺に集まる。

 なぜか女子が集まってくる。


「ほんとにピンク色なんだー」


「やだー!」


 めっちゃ触ってくる。


「賢太郎くんって外国人なの?」


「ちーがーいーまーすー。日本人ですぅー」


 ぷぴー!

 変顔でクネクネダンス。

 このくらい台無しにしとけば女子扱いはされないはずだ。

 こういうのが処世術というのだろう。

 目論見どおり、女子たちはすぐに飽きてくれた。

 男子もいつもどおりの俺で安心したらしい。

 たかがピンク髪くらいで大騒ぎする方がおかしいのである。

 THE平穏がやってきた。

 ふうっとため息が漏れた。


「ちょっと、紗綾! 待ってよ!」


 女子生徒の声がした。

 ドカーンっと大きな音を立てて乱暴にドアが開いた。

 大股でやって来たのは真田紗綾。

 なぜか額にシワを寄せて今にもキレそうな顔をしている。


「あ、あんた、地毛で来たんだって!!!」


 なんか猛烈に怒ってる。

 やだ怖い。


「お、おう。これな」


 どピンクの髪を見せる。


「ななななななな、なんでピンクなのよ!!!」


 なぜキレる?


「地毛だから。別に珍しくもねえだろ。お笑い芸人だってこの髪色いるんだから」


 言い張ってしまったが、染めた色とはずいぶん違う。

 俺の髪は蛍光ピンクではない。

 どピンクではあるが俺のは薔薇色に近い。

 ストロベリーブロンドともちょっと違う。

 これが天然物よ!


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あれは染めてるでしょ!!!」


 まあそうだな。俺は違うけど。

 少し納得して真田を見たら様子がおかしい。

 小刻みに震えてる。

 壊れてないか?


「落ち着け。世界の命運を賭けた戦いに赴く顔してるぞ」


「だだだだだ、だから、その、あのね!」


 ぶしゅッ!!!

 真田の鼻からトマトソースが流れ出た。


「きゃあっ! 紗綾ちゃん! 血が! 血が出てるよ!!!」


 紗綾が下を向いて、鼻の下を手で触った。

 手には血がべったり。

 そのままぐらっと後ろに。

 ってまずい!

 俺は真田の体をつかんで引き起す。

 真田は白目を剥いていた。

 俺は真田の脇の下に頭を入れ体を持ち上げる。

 ファイアーマンズキャリーだ。

 消防士が要救助者を運ぶやつ。

 お姫様抱っこで運んでやりたいが、俺がやると背が低くて危ない。

 嗚呼……身長180㎝欲しい。


「え? 賢太郎くん……力持ち?」


「こいつ昔から力あるんだよな。小さいのに」


 うるせえ。


「はいはい。どいたどいた。保健室連れてくぞ。あ、キミ。先生に報告してくれる?」


 真田と一緒にいた女子に指示して保健室に向かう。

 保健室の中にいた養護教諭に言って真田をベットに寝かせる。

 養護教諭がウェットティッシュで服の血を拭いていた。


「あとはよろしくッス」


 そう言ってジャージを取りに行って屋上前で着替える。

 クラスで着替えるとまた大騒ぎになるからな。

 で、教室に帰るとあれだけ気を使ったのに大騒ぎである。

 俺の努力が無駄になったぜ。

 幸いクラスの連中も職員室に報告してくれたようだ。

 担任が飛んできて今日は帰れと言われる。


「別に俺がケガしたわけじゃないんで授業受けられますけど?」


「そうじゃなくて制服。血でシミになるから帰ってさっさとクリーニングに出せ。今だったら夜にはできあがってるから。家には連絡しておく」


 びっくりするくらい常識的な話だった。

 納得しかない。

 で、せっかく来た学校を帰るはめになったわけだ。

 家には誰もいなかった。

 まだ帰ってきてないのだろう。

 家に帰って着替えて、ジャージと体操着はドラム式洗濯機に放り込んでスイッチを入れておく。

 私服に着替えて「緊急事態箱」の金を取ってクリーニング店へ。

 学校であったことを申告して血の処理をお願いする。

 と、書くと違法なことのようであるが、単に洗濯の依頼である。

 クリーニングに制服を出したら暇になったので、歩きながら紫苑にメッセージを送る。


『どや! 学校休みになったぜ!!!』


『そうなの? じゃあさ、放課後迎えに来てよ。おうち用の3Dモデルの設定しに行くからさ』


『もうできたん?』


『うん、できたよ』


『なんで俺より先に紫苑とこに連絡行くんよ?』


『設定するの誰かなあ?』


『納得した』


『了解。学校終わる前に連絡して』


 家に帰るとやはり誰も帰ってない。

 昼休みの時間になったら学校に電話。

 親がまだ帰ってないことと制服をクリーニングに出したことを報告。

 親にはSNSからメッセージ送ってくれるって。

 俺からもメッセージ入れておく。

 俺って気遣いの人だな。100点。

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