第6話

 日曜に紫苑が女性を連れてやって来た。

 女性の年齢を予想するは難しい。

 たぶん母親と同じくらいの年だろう。


「社長の藤宮さん。こちらはけんちゃんのお父さん」


「……え? お父さん? お姉さんじゃなくて」


「父です」


 言われ馴れてるせいか笑顔である。

 ただし後ろにゴゴゴゴゴゴって音がついてるヤツ。


「あ、申し訳ありません。株式会社スターライトの藤宮順子です」


 頭を下げた女性は親父と名刺交換。


「父の蘭童達夫です。県の観光協会に勤めております。あ、これ、つまらないものですが」


 ちゃっかり名産品をアピール。

 草加せんべいを箱で渡す。


「これはご丁寧に」


「こちらは越谷のいちごカレーに、深谷の一万円札ビスケットに……」


「ストップ親父。仕事し始めるな!」


 それ以前に渡す品がネタを大量に含むやつになってきたぞ。


「これはご丁寧に。どうぞこちらもつまらないものですが」


 社長さんも持ってきた紙袋を渡してきた。

 あ、あれ知ってる。


「けんちゃん、あとで少し分けて」


 そっと紫苑が耳打ちした。


「紫苑、おまえなあ……」


 この腹ぺこモンスターが!

 つい先ほどやらかしたというのに社長さんは涼しい顔で資料を出す。


「スターライトの会社概要がこちらで、児童労働に関する手続きの冊子がこちらになります」


 もう最初から普通のやりとりだ。

 お気持ち一切なし。

 まあ、来いって言った時点で契約するよねえって感じ。


「その、うちの子はものになりますでしょうか?」


「正直言うとわかりません。こういう業界は実力も必要ですが、運の要素が大きいものですから。そういう意味では、お嬢さんは持っていると言えるでしょう」


「ちょっと待って。藤宮さん。俺、お嬢さんじゃなくて男なんですが」


「え?」


 藤宮さんが俺を見てから紫苑を見る。


「男の子?」


「男の子」


「男装してるんじゃなくて?」


「小さいころ一緒にお風呂に入ってたときついてたよ」


「ちょ、紫苑。なに言ってやがんだ!」


「プールの授業のラッシュガード姿で何人も性癖が歪んだよ!」


「おま! ねえ、なに言ってんの!!!」


 藤宮さんはお茶を飲み干し。

 しばし場は沈黙に包まれる。

 しかたないので俺が紫苑に質問する。


「紫苑、おまえ一番重要なこと言ってなかったのか!?」


「言ったよ。信じてもらえなかっただけで」


 藤宮さんは下を向いてブツブツつぶやいてる。


「リアル男の娘……だと。しかもショタ、いやロリ……しかもお父様を見れば残念な成長はほぼない……だと」


 不穏な単語である。


「晶ちゃん、我が社で一緒に天下取りましょう!」


「芸名やめてー!」


「晶ちゃん……とは?」


 ざわざわ。

 親父とお母さんがザワザワしてる。


「賢太郎。聞いてくれ」


 そして親父が口を開く。


「父さんもな。昔、不景気すぎた時代があってな学費が足りなかくなってな。それで性別偽って秋葉原のメイド喫茶で働いてたんだ。……女の子として働くのはやめた方がいい」


「聞くに耐えない過去話!!!」


 聞いてねえぞ!

 親父はワイシャツをめくって脇腹を晒す。

 そこには大きな傷があった。


「その結果がこれだ。同僚に刺された」


「お父さんね。お母さんをかばって刺されちゃったのよ~。あのときのお父さんかっこよかったわ~」


「相手の女は?」


「警察より先に拉致ってお仕置きしたわ」


「いい話風バイオレンス!!!」


「母さん(ぽっ)」


 ぽっじゃねえよ!

 頼むから茶番やめろ!


「けんちゃん、けんちゃん。私が刺されそうになったら……」


「紫苑を盾にして逃げる」


「つれないところもス・テ・キ(ぽっ)」


 俺は無言で紫苑を指さしながら藤宮さんを見る。


「もうあきらめてますので。仕事さえしてくれれば」


 と顔を逸らした。


「ご両親様としては心配でしょうが、我が社は警備会社と契約しておりますのでご安心ください」


「わかりました。珍しく息子が積極的にやりたがったことです。契約しましょう。それで契約書の記入以外にこちらでやることはありますか」


 あっさり親の許可が出た。


「未成年なので学校の許可が必要になります」


「わかりました。こちらで学校に許可を取っておきます」


「万が一許可が下りないようでしたら弊社弁護士におまかせください。あと、振込先になるご両親様の口座登録や保険契約などですね。それと税務署に開業届を……」


 この辺あたりから細かい話になりまったく理解できなくなった。

 宇宙猫になってると署名が終わった模様。

 署名が終わると俺を含めてSNSのメッセージ交換。

 ……働くって難しいな。


「あと晶ちゃんのラフがこちらになります」


 と渡されたコピー紙にはメチャクチャかわいいお姫様が描かれていた。

 フリフリのドレスで長い髪。

 俺の地毛と同じピンク髪なのは偶然だろう。

 髪型も複数描いてある。


「かわいいいいいいいいい-ッ!!!」


 紫苑大歓喜。


「え? ママは誰?」


「ロリ漫画界のジャ○プと呼ばれる雑誌でトップに君臨するロリ漫画界の帝王。鮫島清四郎先生です」


 前半はスルーしとこうっと。


「え? こんなかわいい絵で男なの?」


「女性ですよ」


「……なんでおっさんみたいな名前にしとるん?」


「エロ漫画を汚いおっさんの気持ちになって描きたいというプロ意識みたいですね」


「お、おう……」


 世の中は広いぜ。

 まだ見ぬ変人が俺たちを待っている!!!

 すべてが終わると藤宮さんは帰っていった。

 なぜか紫苑はいる。


「けんちゃん、パソコン買わなきゃ」


「いつものじゃダメなん?」


 13型のノートPC。

 5年前に買ったかな。

 主に学校と塾の講義ビデオ閲覧と課題提出用に使ってるやつだ。

 最近は少し動作が遅くなってきた。

 まあ使えるだろ。

 紫苑は俺の両肩をがっしりつかむ。


「配信なめんな」


「お、おう」


「デスクトップ一択。わかったね?」


「お、おう」


 今度は俺の部屋へ。

 あーだこーだと言われながらパーツショップのオリジナルPCをぽちり。

 支払いは前回の投げ銭からだって。

 ペンケースより大きいグラフィックボードのやつである。

 これだけでお高い万円。


「で、DACにミキサーにマイクに……」


 呪文が続く。


「けんちゃんシンセどうする? ピアノできるよね?」


「おまえと同じYAM○HAの教室行ったからな」


 小学生のとき紫苑と同じ音楽教室に通っていた。

 親父が楽器ダメすぎて苦労したから悔しい思いさせたくないんだって。


「そっかー、じゃあ音楽周り全部YAM○HAで固めるね。あとルーターどうする?」


「借りてるヤツじゃダメなの?」


「こっちもYAM○HAでいいか。業務用だけど」


「ま、待て紫苑……おまえわかるの?」


「セッティングもできるよ。サーバーの資格取ったし」


 知らないうちに紫苑が遠くに行ってしまった……。

 俺によくわからない悩みが増えてしまったのだ。

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