今、残念系を語る

 萌えの定義について考える時に、例えば、ドストエフスキーの小説に出てくる架空の登場人物などを「ソーニャたん」という風に、一種の萌えキャラとして捉えるような、広い意味での規定が可能だと思います(要するに、二次元恋愛ですね)。


 しかし他方で、当然のこととして近代(写実)小説の登場人物と、ラノベの萌えキャラというのは狭い意味では全然違うわけで、そこで狭義の萌えを規定する時に僕が持ってくるのが、主にエロゲのキャラクター類型であることは羞恥しゅうちの、もとい周知の通りです。


「本当に好きなものは何か?」と問われれば、十五年前であればエロゲと答えていたし、十年前なら残念系ラノベと答えることで、大体、同じような文脈を指していた気がするのですが、今はその文脈が拡散して本流がどこにあるのかわからなくなってきた。


『萌え文化私観』の話を何度も繰り返してすみませんが、僕には「萌えキャラというのは現実に、彼女ができれば、友達ができれば、仕事ができれば、いらなくなるようなその程度のものなのか?」という疑問が、三十六歳にもなって常にあるんです(仕事しろよw)。


 だから例えば、ライトノベル『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の高坂桐乃きりのちゃんによる、「あんたのことも、エロゲーと同じくらい好き」という台詞は僕にとって我が意を得たもので、これがもし「エロゲーのことも、あんたと同じくらい好き」となると、価値基準が転倒しているから気に食わない。


 当然、その転倒先がどんなものになろうとも萌えが第一義になければ同じことで、萌えオタにとっての理想とはつまりエヴァ以降、エロゲとか電撃ブランド的なものが培ってきたある種、グロテスクな記号性であり、その類型であり、様式であろうという話なのでした。


 さて。つとに自分の理屈っぽさというのは劣等コンプレックスから来るもので、それこそショーペンハウアー的な(内向的思考型の)人間に恋をするキルケゴール的な(感情型の)人間のように思えることがあって、言葉の厳密性にこだわるよりも、比喩表現やレトリックを開発した方がいい気がしてきました。


 思えばクーデレや眼鏡キャラが好きなのも、理知的なものに対する憧れから来ているのかもしれません。


 少しばかり妄説を重ねますと、僕は自分のことを主体的真理(二次元)のためにイサクを殺せるタイプの人間だと思っていますが、文字通りに近親を生けにえにしてもなお、自己肯定しかしないようなクズがいたとしたら、軽蔑しか感じません。


 考えてもみてください。もしもノベルゲーム『クドわふたー』において能美クドリャフカちゃんが、夢のために犠牲にしてきたものに対して一顧いっこだにしないような、セルフィッシュ(利己的)な女の子だったならば一体、どこの豚が彼女を愛するでしょうか?


 普遍的(蓋然がいぜん的)立法の原理というのは、それがいかに偽善的であっても、育ちの悪い子供が、無視してふんぞり返れるものではないと思います。


 僕のオタク論って、「迷惑行為や犯罪をやっているわけでもないのに、趣味や内心の問題に口を出してんじゃねぇ!」という主張が政治的にはあって、それはたぶん、あるレベルでのコミュニケーションを諦めることを前提とした理屈のはずなんです(だから逆に、実害に対しては厳しいのかもしれません……)。


 よく若者が絶望しているといった話を聞きますが、キモオタに言わせれば、それで自暴自棄になるのは現実逃避が下手くそだからで、世界に対する絶望なんて初めから織り込んだ上で、自分のクズさに言及しながら陰鬱いんうつに本を読んでいるような奴が、意外と幸福だったりする。


 そして実は、外面的な幸福しか知らないような人間も、薄々はそこに気がついていて、しかし打ち込める趣味も道心もない俗物なものだから、安易な連帯にすがるしか能がないのではないかと、社交不安者が妬みで言っている部分を差し引いてもなお、思ったりするわけです。


 何と言いますか、無理解や偏見というのは、厳密に説明すれば正せるものだと信じていた時代が僕にもありました。


 理解されない寂しさよりも、そういう希望の虚しさの方が命取りであることに、気づけないほど素朴だったのです(大して明晰めいせきでもないくせに……)。




 どちらにしろ、この先は二つだ。


 皆から逃げて貫き通すか、それとも説得して貫き通すか。


(引用/ノベルゲーム『黄昏たそがれのシンセミア』皆神孝介)




 やっぱり妹は実に限る、という頭の沸いた話は置いておいて……。


 こういう場合エロゲの「セカイ」では、後者の選択肢を選ぶとトゥルーエンドになることが多いのですが、現実「世界」におけるインモラルの果ては、卑しく劣ったことになるのが常なのであって、皆を説得できるなんていうのは現実認識が甘いのです。


「どこまでもどこまでも僕といっしょに行くひと」は、三次元にはいないし「がんばって、よかった」と思えるようなエンディングも、二次元ならではの話です(さりとて、いい歳して癇癪かんしゃくを起こしてもリソースが無駄になるだけです)。


 リアリストに上から目線で言われるまでもなく、他者というのは、否応もなく他者なのだから。




 ――俺たちは世間とずれているのだろう。


 それはもしかしたら、狂ってると表現してもいいのかもしれない。

 けれども、あの日の選択を間違っていると思いたくない。


 こうして都会の片隅で、さくやと共に生きていく。


 あの時選んだ日々の果てが、ここにあった――。


(引用/ノベルゲーム『黄昏のシンセミア』さくや通常エンド)




「ヤマアラシのジレンマ」という話があります。


 身体にトゲトゲが付いているヤマアラシは、近づきすぎてお互いを傷つけないように距離をとることで自分の居場所を見つけましたという話で、要するに、中二病者の処世は間合いが大事なのです。


 ちなみに、厭世観えんせいかんや世界苦と訳されるドイツ語に「ヴェルトシュメルツ」というのがあるそうで、なんか響きがカッコいいです(フッ……ヴェルトシュメルツを感じるぜ……)。


 これまで残念系という言葉を定義せずに使ってきましたが、物語類型としての残念系は「異能者たちのクズあるある」という感じで考えてはどうでしょうか?


 僕の感覚からすると、セカイ系の中に元々あった美少女との幸せな日常と、その背後によどむヴェルトシュメルツのうち、日常部分を取り出したものが日常系で、ヴェルトシュメルツ部分をネタとして日常に取り込んだものが残念系(そのまま日常にぶつけたものがサバイブ系)という印象があります。


 どちらかというと、異世界転生ものについても残念系よりか、サバイブ系よりかで考えているので、いわゆる「なろう系」という言葉は僕の考えているタイプ論とは違う位相にあるかもしれません。


 残念系ラノベの例として、『中二病でも恋がしたい』をあげたいと思います。


 つい先ほどまでアニメの第一期で、ヒロインの小鳥遊六花たかなしりっかちゃんが主人公に拒絶されるシーンを観返していて、僕は今、お胸が張り裂けそうになっています(泣)。


 と言うのも、万が一にもあのように親愛する相手から、自分の趣味を(それが客観的には、ジャンクな記号のよせ集めだったとしても)否定されようものならば、キモオタには我慢がならない(自我が崩壊してしまいます)ので、初めからキモがられた方がましなんですよね。


 実際、こっちが向こうの一番を尊重しても、向こうがこっちの一番を尊重しないのでは友達になることは難しいし、それはある程度しかたのないことだと諦観ていかんした方が生きやすいです(いや、マジで!)。


 勿論、初めからメインカルチャーという「本物」がどこかにあって、その権威によりかかるばかりで「『偽物』を本物にしていく努力もしない」くせに、大衆文化が空虚だの、軽薄だのとのたまうアナクロ知識人に従うつもりなど、毛頭ないのだけれども。


 そこで実存主義よろしく内発的な基準に従って生きるにしても、慈悲もなければ韜晦とうかいもない者が、主体性や能動性を発揮したところで自己中野郎になるのがオチなので、卑屈なキモオタでいるのが好ましいというのが僕のアイデアというか、制約なんです。


 武道やスポーツをやっている人にはわかると思うのですが、どんなに剛性の強い人間だって、実際に闘うとなれば必ず柔法を使っているはずで、思い通りにならない他者に対して剛法一辺倒では、疲弊するに決まっています(硬直した強さのイメージが、すでに劣等者のものである現実!)。


 変な話、クドにしろ黒猫にしろ、やっていることがラディカルな反面、すごく家庭的・小市民的でもあって、あたかも魔女が良妻賢母をやっているかのようなアンビバレントに、最大の魅力があると僕は思うんですよね(勿論、現実の女性にそれを他律するとなると、話は違いますが……)。


 かくして外向的・外面的な人間たちは、ずいぶん時間を無駄にするのが好きなのだなぁ、と。


 ひきこもってトゲトゲを磨きながら(いやん)、そんなことを考えるヤマアラシの日々です。

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アスペル奇譚 鬼ヶ原大 @daionigahara

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