オタク文化と真俗ニ諦

真俗二諦しんぞくにたい」と言っても仏教、特に浄土真宗に関心のない人には説明が必要だと思います。


 真俗二諦とは、真理(=諦)には、真諦しんたい俗諦ぞくたいの二つがあるという仏教思想のことです。


 真諦というのが「出世間的な真理(仏法)」のことで、俗諦というのが「俗世間的な真理(王法)」を意味しており、この二つはともに真理なので、両者がバッティングしてもあまり喧嘩してくださんなよ、といったニュアンスがあります。


 浄土真宗では、長らくこの真俗二諦という立場から、神道や政治権力との思想的な距離を保ってきました。


 まあ、要するに「神祇不拝じんぎふはい」とか「悪人正機」とか、色々とラディカルな真宗だけれど、江戸時代までは「それはそれ、これはこれ」ということで、それなりに俗諦(三次元)の側と折り合いをつけて上手いことやってきたわけです。


 しかし、戦前・戦中に翼賛体制に迎合して俗諦(国家神道や政治権力)を忖度そんたくしまくった本願寺教団は、「戦時教学」という誰がどう考えても真宗思想ではありえない教学を作り上げてバッチリ戦争に協力。


 かくして戦後、俗諦によりすぎて戦争協力をしてしまった反省から、その原因の根本として真俗二諦論が槍玉にあげられ、内外からの批判にさらされることと相成ります。


 しかし、これは僕の個人的な考えですが、真俗二諦の問題というのはあくまで真諦と俗諦のバランスの問題であって、真俗二諦論「それ自体」が批判されることには違和感があります。


 もしも真諦(二次元)を掲げて政治権力に対して一向一揆をやりまくっていたら、日蓮宗の不受不施派のように幕府に弾圧されて消滅していた可能性もあるわけで、むしろ真俗二諦で「なぁなぁ」にやってきた結果として教団が存続できたという側面もあると思うのです。


 この点、オタクが表現規制などに相対する時に参考にすべきものがあります。


 真俗二諦を肯定することが、必ずしも戦時教学の肯定にはならない。


「戦前・戦中に俗諦によりすぎて戦争協力をしたから、戦後は真諦を掲げて反権力をやります」というのはアンバランスであると僕は考えます。


 とは言っても、僕のようなキモオタ如きが無責任に意見できるような軽い問題ではないので、仏教の話はここまで(汗)。


 というわけで。オタク文化には荒唐無稽で性倒錯的なフィクションがあふれ返っている、にもかかわらずなぜ現実のオタクたちは、かくも秩序を重視し従順でおとなしいのか?


 よくよく考えてみれば、不思議なことです(まあ、数が多いので例外はいくらでもいると思いますが……)。


 勿論これについて、本エッセイでは題名の通り、オタクが無意識的に真俗二諦のような行動原理を持つことを主張します。


 同じサブカルチャーでも、アナキズム的なノリは好きじゃないのです……。


『萌え文化私観』において、僕はサブカルチャーの考察を通じて、「受動的ではない、主体的な価値観の選択を初めて意識」したと書いています。


 にもかかわらず、二次元と三次元で二重の価値基準を用いるのは、矛盾しているように思われるかもしれません。


 しかし、僕が言っているのは「萌えオタが『二次元を語る時に』萌えを第一義にしなくてどうするんだ」ということであって、「だから三次元の他者にどう見られても関係ねぇ!」という無頼ぶらい的な意味で言っているのではありません(あくまでも内心の話です)。


 勿論、僕も他者に理解されないことや疎外されることにはなれている、というよりぼっちであることが誇りですらあるのですが、それは僕が好きなことを貫く超人だからではなく、性格の悪いクソ野郎だからです。


 今さらになって、オタクは保守的だ何だと言われていますが、実は市井しせいのオタクの多くは昔から真俗ニ諦を行動原理にして、俗諦(三次元)の側とそれなりに上手いことやってきただけなのではないか?


 つまるところ、それが「オタクの処世」ではないかと考えるわけです。


 知識人の空虚なイデオロギーに乗せられてシステムと戦うくらいなら、システムに依存しながらおとなしく萌えキャラに萌えている「市井のオタクの方が、よっぽどロックだぜ!」と個人的には思いますね。


 禁欲主義的僧侶よろしく、日陰者が静かにその内心を救うことが萌え(=二次元恋愛)の本質だと僕は考えている。


 だからこそ必要以上に真諦(二次元)を煽り立てて、あるいは俗諦(三次元)にすりよって、現実の側に拡張しようとする流れには、違和感を感じざるを得ないのです。

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