第20話 伯爵夫人の独白8



 そして、とうとうあの日が訪れた。私の魔力が目に見える形で発現した日。


 父と母は、流石に16にもなった娘を家に閉じ込めておく気はなかったらしい。学校には通わせずホームスクーリングという形をとったまま、社交界にはひっそりとデビューさせることにしたのだ。


 最初はフローリアン侯爵家が経営する会社の関係者、またフローリアンと特に親しい貴族家が集められた。



 ここで思い出してほしいのだが、私の両親が私を軟禁した理由には「私の容姿」の他「私の潜在的な魔力」が関係していた。両親には既に心当たりがあった。


 両親にしてみれば「万全の対策を施して」いたようだったが、事はそう上手くは運ばなかった。


 パーティーが始まって暫く経った頃、私は1人の青年に話をしないかと誘われた。


 フローリアンの子会社を経営する一家の次男らしく、年は私と同じ10代。断る理由もなく、私は笑顔を貼り付けて談笑に徹していた。


 最初の方は何も感じなかった。目の前の青年が明らかに私の容姿の虜になっているのがわかって、私は早々に冷めた気持ちになっていたのだ。話しかけられながらも上の空で、もうすっかり屋敷から足が遠のいているザックのことを考える。


 ザックに会いたい。最近全然屋敷に来ないのは、やっぱり忙しいからだろうか。サニーの口ぶりだと、相当ユーリと東奔西走しているみたいだし。でもそろそろ会いたい。というかこの人、いつまで喋り続けるのかしら。ザックならもっと面白い話をするし、もっと私の容姿を宝物みたいな、心から大切に思ってるみたいな顔をするのに。


 脳裏にザックの笑顔が浮かんだ。ため息を吐いたところで、――――異変に気が付いた。


  青年はグラスを片手にピタリと固まっていた。目は私の目から一ミリも動かず、石になってしまったのかと思うくらい微動だにしない。


「あ、の……?」


 怖い。冷たい嫌な汗がうなじを伝っていくのを感じながら、私は彼に話しかけた。


「どうかなさいましたか」


 青年は何も言わない。聞こえていないのかと疑うくらい何の反応もなかった。


 思わず一歩前に出て、もしや毒でも、とグラスを持つ左手の方へ近づく。


 ぎょろりと彼の目だけが私の動きを追った。あまりのことにぎょっとして足が竦む。何だ。何が起こっている?


「人を、呼びます」


 辛うじて口に出して、バクバクする心臓と震える手、真っ白な頭を何とか宥めすかしながら、私は両親がいる方向へと転がるように早歩きを開始した。


 恐ろしかったのはこれからだった。両親は真っ青な顔色でやってきた私を見て顔を顰めた後、私の後ろを見てぎょっとした顔をした。


「ルナ、あなた、何をしたの」


 母の声に思わず後ろを向いた。悲鳴を上げなかったのは奇跡だと思う。



 青年は私のすぐ後ろにいた。じっと私から目を離さないで、ただただ私の顔を見つめていた。


 そして、青年以外にも、何人かが、青年の後ろから私をのぞき込んでいた。皆同じように、じっとじっと、私から目を離さないことを命令されているかのように、微動だにせず私を見ていた。


 

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