第16話 伯爵夫人の独白4
彼に出会ったのも、この頃だ。
先述の通り恐ろしい美貌を持て余していた私は、当初ユーリの婚約者候補だった。けれどサニー信者のユーリに私を押し付けることなどできなかったので、「王族に預ける」というプランAが叶わなくなった私の両親は、「家に軟禁する」というプランBを選択するしかなくなったのである。
よって私は中等部入学と共に引きこもりとなった。
王太子の暫定婚約者として忙しくなっていくサニーを見ながら、私は正直退屈で憂鬱で仕方なかった。
私はこの世界にいない方がいいのではという絶望、このまま親の脛、妹の脛をかじって生きていくしかないのだろうかという不安。毎日毎日勉強とお作法のレッスン、退屈極まりない詩や小説と一緒の生活。無理すぎる。
そんな中、サニーが家に連れてきた一つ下の男の子がいた。
ユーリの関係者に見られたら婚約が破談になるかもしれないと血相を変える両親に対して、サニーはけろりと「ザックはユーリさんと同じヴァイオリンの先生に習ってて、仲良しなんだよ。お父様は伯爵様なんだって」と告げた。
聞けばその子は由緒正しい北方の国境を管理する一族の跡取りで、フローリアンの北方商売にも出資する意思がありそうなお父上を持っていた。両親はすぐにその子が出入りするのを黙認するようになった。
ある日私は、サニーとフローリアン家にやってきたもののサニーがユーリに捕まってしまい暇している彼に出くわした。きょろきょろ不安そうにしつつ屋敷の中を彷徨っているのは可哀想に思えて(単に私が両親の「屋敷に訪れた人には極力姿を見せるな」という言いつけに違反してやりたくてたまらなかったというのもある)、私はその子に話しかけた。
「ねえ、あなたザックでしょ」
声をかけられてびくっと肩を跳ねさせるのが可愛い。お人形みたいなつぶらな青い目とぼさぼさの銀髪が組み合わさってテディベアみたいだった。
私がしげしげと眺めていると、ザックとサニーに呼ばれていた少年はこくりと頷いた。
「じゃあ、あなたは……サニーの姉上?」
「正解。私はルナ」
「……ルナさん。僕はイザーク・ラングランです。はじめまして」
「はじめまして」
ぺこりとお辞儀をする彼に微笑むと、彼は目を瞬かせる。そのままうわあ、という声が上がった。
「あの、失礼だったらすみません。サニーが自慢してた通り、すごく綺麗」
感嘆する声に、私の容姿のことだとすぐにわかった。こういう褒め言葉に対する返答は「ありがとうございます」一択なのだと知っていたけど、その日私の口から飛び出したのは違う言葉だった。
「うん、そうでしょ」
「はい。美術品みたいだ、……あ、その、これは無機物とか、そういうことじゃなくて……ほんとに、綺麗だから」
もごもご私を褒め続けるザックを見て、私の笑みはどんどん深くなっていった。
普段、容姿を褒められてもなんとも思わない。紡ぐ「ありがとうございます」にはなんの感情も乗らない。
でも、ザックに褒められたのは凄く嬉しかった。まして「そうでしょ」なんて、自惚れてると言われたっておかしくないのに。絶対社交界で口に出して良い結果になる言葉じゃないのに。
なんでだろ、ここまで純粋な目と声色で褒められたことはないし、ましてや同年代の子なんて、いっつも嫉妬されてばかりだったし。
もしかしたら、サニーが私のことを自慢してたのが嬉しかったのかもしれないし、サニーが自慢をするほどその子が信頼できる子だということにほっとしたからかも。
とにかく私はその日から、イザーク・ラングランと友達になったのだ。
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