第9話 伯爵の供述9

 


 ユーリさんがふと思い出したように聞いてきた。


「辛くねえの?」

「え」

「お前、ルナのこと大好きだろ。でも、結婚してからそういう空気だしたことないだろ。好感度を上げる努力はせずに、好感度を下げない努力をしてきたんじゃねえの」

「なんでわかるんですか……?」

「何年お前の面倒見てると思ってんだよ。どうせお前のことだから、できれば振り向いて欲しいなーとか甘ったれたこと考えつつ、当たり障りのないことしかしてないんだろうとは思ってた」

「ぐ」


 この人のことが本格的に怖くなってきた。実際その通りである。俺はルナさんに恋焦がれつつ、そのくせ特にアプローチもせず、まあ時が何とかしてくれるだろうと、甘っちょろいことをふわふわと考えていた。というか、結婚したんだから離婚危機に陥るような言動をしない限りルナさんとはずっと一緒にいられるわけで、じゃあマイナス行動をしないようにすればいいか、と安牌に飛びついたのである。


 要は、意気地がないのだ。言ってて悲しくなってきた。


「ぐうの音は出たみたいだな」

「だ、だって無理じゃないですか!あんな綺麗な人が半ば無理やり魔力婚することになった年下のことなんて好きになってくれるはずないですし、多分俺のこと弟か何かだと思ってますし……それに何もしなくても、もう結婚しちゃいましたし、ルナさんの性格なら浮気とかもしないだろうし」

「お前、ほんとに…………ヘタレの大馬鹿野郎だな」


 心底失望した、という目でユーリさんがこちらを睨む。勢いをそがれた俺は言い訳がましくぽつりと呟いた。


「……俺が、好きだって言ったら……気まずくなりませんかね。ルナさんの負担になるのは絶対に嫌なんです」


 睨んでいた目が閉じられた。すぐに開けられた目は先ほどよりは和らいでいたけれど、十分鋭い。あのな、とユーリさんは大人が子どもに教え諭すみたいな口調で話し出した。


「仮にうまくいかなかったとしても、ルナは気まずくするような奴じゃないだろ。あいつはきっとお前から好意を受け取れば真面目に考えてくれるし、第一お前は何にそんな二の足踏んでたんだよ。あのルナ・フローリアンだぞ。どうでもいい野郎からのアプローチなんて山ほど受けてきて、もちろんお前から受けることだって織り込み済みで結婚してるんだ。お前はそいつらとは違って昔の付き合いもあるし、顔も頭も地位も十分だし、恐ろしいくらい性格良くて、しかももう結婚してる。どう考えても上手くいく可能性の方が高いだろうが」

「え、えええ」


 ユーリさんの突然のデレ。俺の大好物であるが、今の状況だとこちらが照れるばかりだった。


 正直、ユーリさんの言うことに反論は見つからない。俺も今言われたことにはうすうす気づきつつ、自信が持てないせいで何もせずにいたのだから。サニーと言いこの人と言い、肝心な時にネガティブな俺をいつも助けてくれるのだ。彼らからの救いの手を待っている俺はめちゃくちゃ恥ずかしい奴なのだけれど、付き合ってくれる彼らには感謝してもしきれない。


 ユーリさんは畳みかけるように言った。


「お前らはこれから何十年も一緒に過ごす夫婦だぞ。愛があって何が悪いんだ」


 よく見ると少しユーリさんの顔が赤い。もしかして照れているのだろうか、この人も。可愛い。ふふっと笑うとすぐに笑うなと嚙みつかれた。


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