第8話 伯爵の供述8

 


 意外にも結婚生活は穏やかに過ぎていって、怖いくらい静かで平穏だった。


 ルナさんはお金遣いも荒くないし、優しいし、勉強熱心で聡明で、お茶目で、昔遊んでもらった時と同じだった。もちろん昔みたいに走り回ったりはしないし、笑い転げたりもしないけれど、散歩が好きなのも笑いのツボが似ているのもそのままだ。


 強いて欠点を挙げるとすればどうやら恐ろしいくらいにファッションセンスがなさそうな所だが(これはサニーから聞いていた)、それはまあどうとでもなる。そもそもあの容姿で着るものに頓着する必要はないと思う。何を着たって傾国の美女だろうから。


「順調すぎるんだよなあ」

「惚気なら聞かねえぞ」

「ひどい。ここ10年散々惚気てきたくせに」

「うるせえ」


 目の前でご機嫌斜めなのは王太子、ユーリ・ドラティア殿下。サニーの夫で、年は俺とサニーの1つ上。ルナさんとは同い年だ。


 今日は春も近づいてきた清々しい日だったのだが、ユーリさんは相も変わらぬ無表情でクッキーをかじっている。俺は聞こえよがしにため息をついた。


「俺、こんなに幸せでいいんですかね」

「よかねえよ。なんなんだ問題先送りにしてるくせに」

「問題」

「魔力のことだ。本人から聞いたのか?」

「それはその。……まだ早いというか……」


 口ごもる俺に、ユーリさんはハアーっと深いため息をつく。


「早くないだろ。もう結婚して三か月は経つ。お前、毎朝毎朝よく知りもしない魔力を抑えるためだけに魔力使ってたのか」

「だってそうしないとルナさんが不安定になるでしょう。……魔力の内容はどうだっていいんです。ともかくルナさんが苦しんでるなら、軽減してあげないと」

「苦しんでる、ねえ」


 そう言ったユーリさんの声色は、嘲るような、憐れむような、呆れたようなものだった。ぶっきらぼうなユーリさんらしくなかった。そのままユーリさんはテーブルの上で組んだ自分の手をじっと見つめていた。


「恋は盲目だよなあ。ご苦労なこった」

「何ですかそれ。貴方に言われたくないです」

「あ?」


 言っとくが俺はお前より色々なことを見て聞いてきたんだからな、とユーリさんはぶつくさ悪態をついている。


 恋は盲目か。その通りだと思う。俺が今まで魔力のことを追求しなかったのは、気にならなかったからではない。むしろめちゃくちゃ気になっていたのだが、ルナさんは聞かれたくないんじゃないかと気を回して――いや、そうじゃなくて、聞かない方が「気が利くな」とか思ってもらえるんじゃないかと、考えていたのである。恥ずかしすぎる。多分この王太子殿下は何もかもお見通しなのだろう。

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