第5話 伯爵の供述5

 絶望半分、後悔半分、爪ひとかけら分ほどの期待。


 そんな気持ちで俺はとうとう結婚式本番を迎えてしまった。やってしまった。ほんとに結婚するのか、俺?いや、結婚するのだろう。友人代表の王太子・ユーリさんは「……お前がなあ。とうとう結婚か」と普段なら石のように固い表情筋を総動員して涙を浮かべているし、俺は真っ白いタキシードに身を包んでいるし、向こうには両親もいる。やばいな。昨晩一睡もしてないのに、正常な挙動をとれる自信があるわけがない。夢か?そうであってくれ。


 上の空でいる内に、なんだか目の前に靄がかかっているような気分になる。何かの演出だろうか。すごくいいと思う。良い塩梅に、ちょうど向こうから女神が歩いて来ているし。


 ……女神じゃない。いや、女神なんだけど、ヒトならざるものという訳ではなさそうだ。何故ってあの女神、俺の初恋の人の造形をしている。あの女神って、俺がこれから結婚する人だったりするのだろうか。あ、そうだわ。


 ルナさんは昔よりはるかに美しかった。昔も道を歩けば誰もが振り返るような美しさだったけれど、更に。波打つ腰までのブロンドを持ち、妖精のような大きく潤んだ水色の瞳は変わらなかったのだが……。そこまではいい。そこまでは。


 ―――目がめちゃくちゃ大きい。それに反して顔はめちゃくちゃ小さい。青白と小麦の中間の美白肌、ドレス越しでもわかるほっそりしながらも抜群のプロポーション、長い手足。頬は柔らかなピンク色、髪と同じ色のまつ毛はこれでもかというほど長く、通った鼻筋にぷるぷるした唇、そして全身から漂う儚げなオーラ。


 彼女の外見にケチをつけられる人間は、きっとこの世に存在しない。少なくとも、今この時代のドラティアの美の基準は、恐らくこの女性をもとに作られていると言っても過言ではないくらい、彼女は美の理想そのものだった。

 

ドレスは彼女のボディラインを生かしたレースのマーメイドで、手の込んだ刺繡がたくさん施されていた。花輪から下がるヴェールが幻想的で、本当に神話の中の女神を見ているような気持ちになった。


 ここまで来ると、畏敬の念すら浮かんでくる。窓から差し込んでくる陽の光に照らされた彼女は、まさしくたった今式場に舞い降りた美の女神に違いなかった。


 俺はよほど間抜けな顔をしていたのか、ユーリさんに思いきり腕をつねられた。見すぎなんだよお前、もうちょい伯爵らしい顔してくんねえか、と小声でどつかれる。この人ほんとに王太子?王太子である。


 伝染性のある嬉しそうな笑みを浮かべたサニーがユーリさんを脇に連れていき、とうとう俺と祭祀と女神だけが残された。


 パニックである。やばいやばいやばい。直視できない。俺、ほんとにほんとに、ルナさんと結婚するんだ。埋め立てられ沈められたはずの恋心がごとりと音を立てる。期待するな、そう思うものの頭がうまく働かない。


「……ク?ザック?」


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