第42話


  ライク・ア・トルネード 一



 九月初旬に大阪に戻り、詩織の住民登録で世話になった岡本氏の紹介で小さな不動産会社の契約社員で働き始めた。


 ずっとこの会社で働く予定はなく、宅地建物取引主任と司法書士の資格を得たら、前に街金の事務所を出していた辺りに部屋を借りてリベンジしようと目論んでいた。


 もちろん律子は私の考えに異論はなく、東京から戻って来てからも彼女とは口論ひとつしない穏やかな関係が続いていた。


 もっとも、彼女に言わせれば「そりゃそうだよ、律子が浩一に合わせているんだから、喧嘩なんかするはずないよ」ということになるのだが。



 ゲストハウスを出るとき、「織」のつく名前の四人が最後にお別れパーティーをリビングで開いてくれた。


 香織に沙織に詩織に、そして新しく入って来た衣織・・・何かに仕組まれたとしか考えられないと言うより、最早笑うしかなかった。


 彼女たちの手作りの料理が振舞われ、楽しい一夜だった。


 あらかじめ荷物は大阪へ宅配便で送っていたので、お別れパーティーの翌朝、私は皆がまだ寝静まっている頃を見計らってそっとゲストハウスに別れを告げた。


 静かに玄関で靴を履いているとき詩織が部屋から出てきた。


「小野さん、行ってしまうんですね」


「どうしたんだ、こんなに朝早く。また眠れないのか?」


「いいえ、そんなんじゃないんです。小野さん、私・・・ときどき小野さんに会いに大阪に行ってもいいですか?」


 詩織はメガネの縁に手を当てないで涙声で言った。


「いいに決まっている」


 私は靴を履いてから詩織を抱き寄せた。


「しっかりしないとだめだぞ、詩織。これまでの痛みなんて、すぐに取り戻せるんだからな。世の中は辛いことがたくさんあるけど、投げやりになっちゃいけない。何か困ったことがあったら俺に連絡して来るんだよ。分かったね」


「分かりました」


 私は詩織のとても綺麗な首筋に軽くキスをして、それからドアを開けて外に出た。


 突如、私は猛烈な切なさに襲われた。


 でも新たな場所へ向かうときも、元の場所へ戻るときも、今居る場所から出るときはいつも寂しさに襲われるものなのだ。


 私は自分にそう言い聞かせて寂しさと切なさに耐えた。大阪へ向かった。


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