第41話
カノンの置手紙
「小野さん、いろいろとありがとう。どれだけお礼を言っても言い足りないわ。あなたと出会って二ヶ月、夫の元を逃れてきて途方に暮れていた私に、まるで救世主のようにあなたは現れたわね。
三度目に会ったとき、あなたはエレベータの中で私をいきなり抱きしめてすごく情熱的なキスをしてくれたわね。今思い出すだけで身体がジーンとなるわ。
私たち、まるで当然のように知り合って、求め合って、そしてあなたは私の苦しみを解き放ってくれた。
あなたといるときは楽しかった。もしあなたと一緒に暮らせたら、私は幸福感に包まれるかも知れない。これまで本当に幸せというものを実感したことがない私だけど、あなたとならこころからそう感じるかも知れない。
でも私は罪を犯した女だし、恥ずかしいことや秘密もあなたに知られてしまっているから、きっと私のような女をこころから愛してくれることはないわね。それに大阪に結婚を約束した素敵な彼女がいるんだものね。
私はどこかで新しい暮らしを始めるわ。誰とも接触を持たずに、昔の仕事をできるものならもう一度やってみようとも考えているの。
あなたのことを忘れることはできないけど、いつかまたどこかできっと会えるわ。だからその日までは一回休みね。少しだけサヨウナラ。
いつ電話するかも知れないから、登録していない番号から着信があっても必ず出なさい、大好きな浩一。 カノン」
私は置手紙を読んで憤慨した。
「何が救世主だ。何が来たいときに来てだ。何が大好きな浩一だ」
何なんだ、この「もぬけの殻」は。
何が「来たいときに来て。一回休みね」なんだ。いったい君はどこに消えてしまったんだ。
私は手紙を握り締めながら腹立たしさと切なさと寂しさに包まれた。
連絡する方法なんてどこにも存在しないのだと思うと、こころがせり上がってくるような焦りを感じた。
でも、どうすることもできないのだ。
私は鍵をガラステーブルの上に置き、カノンが染みひとつ残さなかった部屋を出た。
ドアを閉めるときに振り返ってみると、部屋全体がまるで竜巻が通り過ぎたあとの残骸のように映った。
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