第40話
救世主
お盆明けの仕事帰りに、私はカノンの部屋を訪ねた。
彼女は離婚したことを報告するために、何年か振りに岐阜の実家に帰省すると言っていた。
「離婚したことを両親に言っておかないとね。でも向こうの親には連絡なんてしなくていいでしょ?子供がいるわけじゃないんだから」
「君が思うようにすればいいんじゃないかな」
「そうね。あなた、大阪に帰っても、ときどき東京に出て来てね。来なかったら許さないから。もし音沙汰がなかったら、私がいきなり行くからね」
「考えておくよ」
「考えなくてもいいのよ。来たいときに来て。いつでも待っているから」
「分かったよ」
それがカノンと私が交わした最後の会話だった。
お盆が明けるまでには戻るようなことを言っていたが、カノンの部屋は鍵がかかっていた。
私は預かっていた鍵を使ってドアを開けた。
そこには確かにキッチン用具や冷蔵庫やソファーやガラステーブルがあった。
何度も身体を重ねたベッドもそのままだった。
だが、それらはウイークリーマンションの備え付けの調度だ。
それ以外のものは何ひとつ見当たらなかった。
つまり、彼女の存在を示すものは何ひとつ残されていなかった。
彼女の匂いさえ感じられない無機質な部屋に変わってしまっていた。
私は猛烈な寂しさに襲われた。
カノンの竜巻は通り過ぎてしまったのだ。
私が竜巻から抜け出たのではなく、彼女が私を通り過ぎて、どこかへ行ってしまった。
もしかすれば、これはカノンと遭遇した夜から始まり、エンディングが決まっていたひと夏の幻想なのかも知れないとさえ思った。
私は小さなリビングに足を踏み入れた。
ふと見ると、ガラステーブルの上にカノンからの置手紙が残されていた。
ひと夏の幻想ではなかった。
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