第10話


  再びポケット瓶の女 二



 マンションのエレベータに乗るとすぐに私は女を抱き寄せた。


 まるで遠距離恋愛の恋人たちが久しぶりに会ったときのように慌しく抱き合い、激しく貪るようなキスを交わした。


 ふたりの唇がひとつになったような感覚のキスだった。


 エレベータが四階に着き、ドアが開いても私たちは動かなかった。

 唇だけで一体化していた。


 私と女はお互いのことなど何ひとつ知らないのに、身体を繋がずに一体化していた。


「こんな激しいキスは久しぶりだわ」


 唇を離すと女はそう言った。


「俺は生まれて初めてだ」


「嘘つき!」


 女の部屋は綺麗に整っていた。


 ダイニングルームを挟んで両側に二部屋あり、ベッドルームと小さなリビングルームに分かれていた。


 私はリビングの小さなソファーに座るように指示された。


 しばらくして女は本当にコーヒーを淹れてガラステーブルの上に置いた。私は遠慮なく飲んだ。


「本当にコーヒーだったんだな」


「どういうこと?」


「部屋に入ったらそのままセックスに突入すると思ったけどね」


「そうね、私も抑えるのに大変だったわ」


「今から突っ走ってもかまわないんじゃないか?」


 一瞬、律子の不安そうな表情が脳裏に現れたが、それは目の前のエロティックな女の姿によって消し飛ばされた。


 私は律子と離れてから禁欲生活を自分に強いていた。

 律子に対して当然の戒めだと考えていた。でも今夜は行きずりだ。


「いいわよ、でもシャワーを浴びさせて」


「俺はこのままのあんたが抱きたいんだ」


 私たちはリビングを出てベッドルームまでもつれ合いながら移動した。


 女のジーンズを身体から剥ぎ取るように脱がせて、組み伏せるように強引に繋がった。


 繋がりながら私はシャツを脱ぎ、靴下を放り投げた。


 女はジーンズを脱がされるとシャワーを諦めて自らブラジャーを取った。

 形のよい小さな乳房が現れた。


 贅肉ひとつない女の身体は、黄銅色の肌の色によってさらに芸術品のように輝きを増していた。


 女は私の激しい動きに戸惑いもなく、身体の動きを合わせてきた。


「久しぶりだから、長く持ちそうにない」


「嘘つき!」


「嘘じゃない、セックスなんて久しぶりなんだ。もう我慢の限界だよ」


「いいのよ」


「今日は大丈夫な日なのか?」


 女は喘ぎながら頷いた。


 私は女の腰をひきつけて放った。女は顔が裏返るほど仰け反り、しばらく動かなかった。


「あなた、汗びっしょり。シャワーを浴びて」


「バスルームから出てきたら怖いお兄さんが待っているんだろ?」


「だから安くしてあげるって。あなた、上手だったから」


「お手柔らかに頼む」


 私は本当に狐につままれたような気分でシャワーを浴びた。


 私のものはさっき放ったばかりだというのに、まだ燃料は三分の二ほども残っていた。

 まだまだ勢いよく飛べそうだった。


 シャワーで汗を流して戻ると女はベッドに起き上がっていた。

 交代で女もバスルームへ立った。


「私がシャワーを浴びて出てきたら、あなたはもういないんでしょ」


「でもドアの外に怖いお兄さんが立っているんだろ?」


「そうね、あなた、ボコボコにされるわよ」


 女は笑ってバスルームへ消えた。


 今夜、女を抱くにいたった理由はもちろんある。


 ただ、女を抱くまでの経緯がまるで映画や舞台の台本のようにあらかじめ何者かによって用意されていたとしか考えられなかった。


 思考する余地などない今夜の一連の行為だった。


 女と最初に公園で知り合ってからこの日まで三週間、あらかじめこうなることが決まっていたような気がした。


 女と私とのひとつひとつの行為に、たった一箇所の無駄な動きもないまま男と女の関係に突入した。


「何を難しい顔をしているの?」


 いつの間にか女がバスルームから戻ってきていた。


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