第6話


       ゲストハウス


 ところで大阪を出た私は、多摩川のほとりにあるゲストハウスに住んでいる。


 五階建マンションの元オーナーの住居だった最上階部分を五部屋に小さく区切って個室とし、リビングとキッチン、バスルーム、そして男女別のトイレを共有スペースとしていた。


 首都圏にはゲストハウス或いはシェアハウスと呼ばれる居住スペースが数え切れないくらい存在していて、大阪からメールで問い合わせるとすぐに電話がかかってきた。


「審査があります。二、三日お日にちを頂戴できますか?」


 少し年配と思われる担当者が言った。


 どんな審査かを訊いてみると、現在居住している人達に了解を取らないといけないという。


「そんなことが必要なのですか?」


「他のゲストハウスですと既に入居している人の了解なんて要らないんです。でも小野様のご希望されているゲストハウスはちょっと事情がありまして、彼女たちの了承を得ないとご返事できないんです」


「彼女たち?」


「そうです。ルームメイトとなる方達ですね」


「ルームメイトは女性ばかりなんですか?」


「そうなんです」


「そこが女性専用なら他のゲストハウスを紹介してください」


「いえ、女性専用なんかじゃありません。そういう規制はないのですが、たまたま現在は女性ばかりなんですね。そんなわけで、今住んでいる女性に簡単に小野様のことを伝えて、了解を得る必要があるのです」


 私はルームメイトと聞いて「クラスメート」のイメージが浮かんだ。でもそのイメージは百パーセント間違っていると思った。


「ちょっと納得がいきませんが、ともかく審査してください。急いでいます」


 上京する日がグズグズと延びると、せっかく決断した心が揺らいでしまいそうだった。登録している派遣会社からの紹介で、東京での勤め先も既に決まっていた。

 私は早く自分を違う環境に置きたかった。


「FAXで送っていただきました小野様の情報を、一部彼女たちに報告させていただきます。もちろん個人情報にあたる部分は伝えません。こういう方が入居される予定だが、異論はありませんかという確認程度ですからご安心を。まことに恐縮ですが今しばらくお待ちください」


 そう言って担当者は電話を切った。


「こういう方が入居される予定だが・・・」なんて説明が必要なら、きっと私の個人情報もある程度伝えるだろうに、彼の説明がどうも腑に落ちなかった。


 数日後、担当者から晴れて入居許可が出たとの連絡があった。


 私は納得がいかない気持ちのまま、ともかくゲストハウス宛にダンボール箱三つの荷物を宅配便で送り、予定していた日に東京へ向かった。

 そして管理会社の担当者立会いのもとに、晴れてゲストハウスの一員となった。


 鍵のようなものはなく、入り口のロックは暗証番号で解除する方式になっていて、個人の部屋の暗証番号とともに書かれたメモを一枚渡された。


「食器や調理器具、それにキッチン用品やサニタリー用品もすべて当社が支給します。在庫がなくなりそうになったら、あそこのホワイトボードに書いておいてください。掃除担当者が二週間に一度来ますから、そのとき確認して次に来るときに補充します。二週間に一度ですから早めに補充希望していただければ助かります」


 ゲストハウスのリビングは八畳程度の広さのフローリングで、大きな食器棚と掃除機やアイロン台があり、真ん中には四角いテーブルとゆったりと座れる椅子が四脚置かれていた。


 カウンターを挟んだ向こう側にはキッチンスペースがあり、大型冷蔵庫やガスコンロ、そして電子レンジやトースターなどもあって不自由はなさそうだった。


 リビングを囲むように五部屋の個室があり、バスルームは一番奥の部屋の前、トイレは玄関近くに男性用とバスルーム横に女性用が設けられていた。

 さすがに目下のところ女性ばかりが住んでいるだけあって、リビングもキッチンも整理が行き届いていた。


「それで、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」


「何でしょう?」


「ここに入るにあたって私の審査があったようで、つまり、今住んでいる女性の了承を得ないといけないとか、そんなことを受付してくれた担当の方が言っていたのだけど、どういう審査だったの?」


「今ここには女性が四人いらっしゃるんですけど、もうその方たちはずいぶん長いのです。空いている部屋は三年ほど前に男性が出て行かれてから女性が入られて、以後はずっと女性だけになったのです。でも女性専用のゲストハウスではありませんから、空きがあれば男性からの問い合わせもあります。

 小野様の部屋は以前空きが出たときに男性が入られたのですが、ちょっとトラブルになってすぐに出て行かれました。それからは彼女たちが次に入居希望される方のへの条件を付けているんですよ。だから了解を得ないと彼女たちが断固拒否されるんです。困ったと言えば困ったことになっているのですが、結束が固くて私共も今は彼女たちの意向に従っているわけでして・・・」


「どんなトラブルだったのですか?」


「詳しくは分からないのですが、女性がシャワー中にその男性が覗いたとか、単に洗面のためにバスルームのドアを開けただけだとか・・・まあそんな他愛のないことだったようですけど」


「覗きはいけません。決して他愛のないことではないでしょう。しかしそれ以後、女性たちがユニオンを組んでいるってことですね?それはやりにくいな」


「えっ?」


「いえ、ともかく私は彼女たちの審査をパスしたわけですね?」


「はあ、まあそういうことになります。それでは私はこれで失礼します。快適なシェアハウス生活をお過ごしください」


 担当者は複雑な表情でそう言い残し、まるで逃げるように立ち去った。


 四ヶ月前から始まった私の不思議なゲストハウス暮らしには、そういう奇妙な経緯があったのだ。


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