第151話 誰か現場の状況を教えてください
東大寺さんが突然持ち出した抽選ボックスを見て、俺は思わず戦慄してしまった。
別に何か酷いことが目の前で起きているわけではない。
だが、確実に悪いことは起こりそうな、そんな感覚に体が怯んでしまったのだ。
にしても、東大寺さんがわざわざそれを出すなんてどんなメリットが?
正直、彼女が積極的に主役級の役をやるタイプとは思えない。
そう想定すると、他に考えられるのは俺と同じようにキャスティングしたい場合だ。
俺はこの劇を利用して主人公を大地、ヒロインを東大寺さんと置いて二人の距離を縮めようと考えている。
だが、当然それは俺の都合であり、東大寺さんも同じことを考えているなら、自分の都合に沿ったキャスティングをするはずだ。
となれば、俺がしようとしていることは全て頓挫することになる。
それだけは絶対に避けなければいけない。
「き、奇遇だな! 実は俺も抽選箱を作ってきたんだ」
俺は教卓の下に隠していた箱を取り出し、教卓の上に置く。
そのことに東大寺さんが驚いているような顔をしているが、思ったより反応が薄い気がする。
こんなもんだったか? わからん。ともかく、このまま俺のターンで流れを持って――
「だったら、琴波の方でいいんじゃない?」
教室に響き渡る一人の女子生徒の声。そう言ったのは安達さんだった。
前回の彼女ならこの時間は適当に英単語帳をペラペラ捲っていたはず。
しかし、今は頬杖をついてまるでこのクラス会議の顛末を見ているかのよう。
いや、さすがに考え過ぎか?
想定外のことが起きて怪しくない人まで怪しく見えてるってことなのか?
しかし、どうにも妙な胸騒ぎが止まらない。
「って莉子ちゃん言ってるけどどうする?」
東大寺さんが意見の回答を俺に求めて来る。
クソ、これはもはや遠回しに俺に引き下がるようなことを言っているのでは?
だって、ここで俺が無理に自分の意見を通そうとしたら、まるで自分の抽選箱で話を進めたい理由があるみたいに思われるじゃないか!?
何も後ろめたいことがないのなら普通は先に挙げられた方を優先する。同じなら何も問題ないんだから。
「......いいよ、東大寺さんの方でやろう」
ならば、プランBに移るとしよう。
というのも、もしも俺の作戦が上手く行かなかった時のための次の作戦を玲子さんが考えていてくれたのだ。
正直、このような結果にはなるまいと思っていたけど、さすが
まぁ、本人的にはこのような思考は隼人に似てすごく嫌らしいけど。
俺が東大寺さんにバトンを渡すと、彼女はわかりやすく嬉しそうな顔をして抽選箱の説明をし始めた。
「えー、今のとこ意見はないみたいだから話を進めたいと思います。もし途中で意見があれば言ってください。
といってもやることはシンプルで、クラス全員分の名前が入った抽選箱から紙を取り出して、それに書かれてる名前が四つの役のうち一つをやることになります」
となると、今回で決めることは女子であればヒロイン確定。
男子であれば野獣、悪役、ヒロインの父親のいずれかになるということだ。
「それじゃ、うちが引きますね――」
「ちょっと待て」
東大寺さんが抽選箱から紙を取り出そうとしたその時、教室の後方から声が飛んで来る。
やや高圧的で聞き覚えのある方へ声を向けると、そこには行儀悪く机に脚を乗せながら手を挙げる隼人の姿があった。
「東大寺、お前が引くのは違うんじゃねぇか?」
「え?」
急ないちゃもんに東大寺さんが戸惑っている。というか、高圧的な声にビビってる。
一方で、隼人は席を立ちあがると教室の前へと歩みを進めながら言った。
「お前が作った抽選箱でお前が引く。
となれば、当然お前に都合の良い配役になる可能性がある。つまりは出来レースだ。
だが、人には平等に役が配られる権利があるはずだ。そうは思わないか?」
「え、えーっと......つまり、うちは引かずに誰かが引いてやるってこと?」
「そりゃ当然。じゃなきゃ、平等じゃない。
ここでクラスの顔色伺って久川や元気にしたらそれこそ抽選の意味がないじゃねぇか。
ただ、そこで全く関わりのねぇ俺が引いた連中がたまたまクラスの人気者なら、それはそいつの運命力ってやつだ。仕方ねぇ」
東大寺さんは隼人の説得に屈したのか抽選箱を差し出した。
隼人は紙を吟味するかのようにガサゴソとかき混ぜながらやがて一つの紙を取り出し、折られているそれを開いた。
「......なるほど、運命はコイツを選んだようだぜ?――東大寺琴波」
「え!?」
隼人が目の前で開いて見せた紙にはしっかりと東大寺さんの名前が書かれてる。
ということは、これでヒロイン役は東大寺さんに決まった......のだが、なんだこの釈然としない気持ちは。何かを見落としてる感じがする。
「なら、次は私が引かせてもらおうかしら」
そう言って手を挙げながら立ち上がったは玲子さんだった。やばい、展開が追い付かない。
どうしてこのタイミングで玲子さんが動き出したのかもわからないし、それになんか隼人を睨んでるし。
「おいおい、なんでそこでお前が出てくるんだ?
たった今、俺が引いたことで東大寺には不正がないことが証明されたろ。
なんたって、普通は姫役なんざクラスの中でも目立つ奴がやるもんだ。
こんな中身が芋っぽい奴が務めたって魅力に欠ける」
その唐突な言葉のナイフに「芋っぽい......!?」と東大寺さんがダメージを受けていた。
これで言ってる本人には対して悪気がないというのが質の悪いところだよな。
「なら、俺が――」
「なぁ、拓海もそう思うよな?」
俺が発言しようとしたその瞬間、隼人が腕を組んで同意を求めて来る。
同時に奴の回した腕が俺の首を絞め始め、上手く言葉が紡ぎだせない。
こ、コイツ......俺に発言させないつもりだ! つーか、動けもしねぇ!
「女子に対して随分な悪口を言うものね。東大寺さんは十分に魅力的な女子生徒よ」
「ひ、久川さん......!」
東大寺さんがときめいちゃってる。
たぶんこうして女子からの評価を得てるんだろうな、玲子さんは。
「それはそれとして、私的には今の状況で金城君が東大寺さんに加担してるとしか思えないの」
「ハッ、何を根拠に? 俺はただ気になったことを試しただけだ」
「なら、私が気になることを確かめてもなんら問題ないわけじゃない?
自分が支配者だと思って墓穴を掘ったわね」
「.......チッ」
どういうことですか!? 教えてください! 現場では一体何が起こってるんですか!?
さっきから玲子さんと隼人のみが理解できる高度なやり取りが目の前で繰り広げられ、俺を含むクラスのほぼ全員が置いてけぼりにされている。
これが目の前で突如発生した超次元バトルを目撃する一般人の気持ちだろうか。
対戦者同士の動きが早すぎて目に捉えられないから、誰かが実況してくれないと状況が読めないやつ。
ただ今回の場合は誰も実況がいないから、傍観者にとってただただ虚無のような時間が過ぎていく。
後で説明してくれるんでしょうね!
「ハァ......お好きにどうぞ」
隼人はようやく俺から腕を外した。
おかげで気道が楽になる。急に息を吸い込んだせいで少しむせたが。
そして、隼人から諦めにも似た許可が下りると玲子さんは黒板前まで移動する。
「悪いわね、騒がしくしてしまって」
「い、いえ......」
玲子さんは東大寺さんに一声かけかながら抽選箱に手を入れる。
そして、一枚の折りたたまれた紙を取り出すとそれを広げた。
「ふむ......確かに特に不正は無さそうね。で、私が引いたのは薊大地君よ。
そうね、彼は顔もいいし身長も高いから獣役の方が似合うと思うわ。
王子としてもハマり役だと思うしね」
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