第150話 先手を打つ
―――時は遡って昨日の安達莉子の家
安達家の勤勉家である莉子は本来なら平日の時間は常に勉強に当てている。
例外があるとすれば、緊急で頼まれた家族の用事ぐらいだ。
そんな彼女が初めて自分自身に課したルールを破った。
とはいえ、片手間で参考書を眺めたりしてるが。
そして、そんな行動を取った莉子の目の前には時間を割くにあたる元凶がいる。
彼女の高校での一番の友人にして、危なっかしくてほっとけない女友達代表の東大寺琴波である。
緊張した面持ちをする琴波をチラッと見た莉子は、片手に持っていた参考書をパタンと閉じると、背の低い丸テーブルに頬杖をついて口を開いた。
「さて、アタシが特別に時間を割いてやったんだから、頭を垂れて感謝し欲しいぐらいよ」
「開口一番に圧かけてくるばい。ちゅうか、急に呼び出してどげんしたと?」
実の所、東大寺を呼び出したのは他ならぬ莉子だったりする。
本来の彼女なら例え友達であろうとも自分から誰かのために能動的に動くことはほぼない。
しかし、今の彼女には動くだけに足る理由がある。
「それは当然、アタシがあなたを恋の舞台に上げてあげるって言っちゃったしね。
だけど、あなたがあまり危機感ない感じなら別にそれはそれでアタシは手を引くだけど」
「そ、そりゃ困るばい! 水族館ん時だって莉子ちゃんのアドバイスが無かったらどう動きゃあよかかわからんやったし!」
「そう。なら、今後もあなたはただ愚直に動けばいいわ。最低限の指示出しはこっちでやる。
というわけで、これからあなたには早川君が取るだろう行動の先手を取ってもらうわ」
「先手?」
全然この先の話の展開が見えない莉子はコテンと首を傾げる。
そんな相変わらずな友人にアドバイスを来るのが
「前にも言ったけど、早川君は何かの思惑があって唯華の告白を先手で断り、さらにはそのまま水族館に誘うという暴挙に出た」
「うちはまだ告白しとらんばい!」
「あなたの行動そのものが告白してるようなものよ。まるでゴールデンレトリーバーのように」
「ゴールデンレトリーバーて。違うばい、うちは早川君ば見ると自然とテンション上がってしまうだけばい!」
琴波の言葉の一体どのあたりに否定要素があったのか莉子にはまるで分らなかった。
とりあえず、突然惚気てきた友人は無視して愚痴を吐く。
「ま、早川君も早川君だと思うけどね。普通の男子なら多少なりとも自意識過剰になってもいいのに......まるで人生二週目かよってぐらい年相応の動揺が見られない」
「うちから見りゃあ莉子ちゃんも一緒ばってんね」
「普通にイメチェンしたあなたを見てドギマギしてるクラスの男子の方がよっぽど健全に感じる。
......あぁ、めんどくさくなってきた。やっぱ、他の男子に乗り換えてよ。たぶんイチコロよ、イチコロ」
「そげんアドバイスは初めてばい」
他人の恋路の応援という七面倒なことほどないということを莉子は知っている。
彼女も口こそ悪いがそれを抜きにすれば普通にモテる容姿をしている。
実際、中学の頃は告白されていたこともあったが、面倒なことが起こったのでそれ以来関わるのを避けてきたのだ。
故に、今回も基本外野から眺めてるだけだったが、小さい頃からの友人が傷つけられて黙っていられずつい協力してしまった。それも自分から積極的にかかわるようなことを。
これを断るのに協力すると言った自分から言うわけにもいかない。
なので、依頼主である琴波が自主的に依頼を下げてくれるのが一番良いのだが――
「うちゃまだ納得しとらん! あげんの告白した内に入らん!
ちゃんと言うて返事ば貰うまでは諦めきれん!」
といったように依頼人がやる気満々なのでそれは無理そうだ。
もっとも、琴波のやる気に火をつけたのは他ならぬ莉子自身なのだが。
「ハァ、でしょうね。で、話を戻すけど早川君には何か別の思惑があり、それに従って動いている。
であれば、その行動精神を逆手に取って利用しようってのがこれから言う作戦よ」
「おぉ! なんか作戦とか立てるとワクワクするよね! テンション上がってきた!」
「そのテンションのまま派手に転ばないようにね」
感情ジェットコースターの琴波を上手く焚きつけたところで、莉子は本題の作戦内容について話し始める。
「早川君のこれからの行動を予測するなら、クラスの出し物が演劇と決まった以上、十中八九キャスティングに関しては口もとい手を出してくるわ」
「早川君が不正するってこと?」
「えぇ、そういうこと。まず間違いなく自分の都合の良い展開にね。
ここて確認しておきたいんだけど、今のあなたが目指すべきエンディングはどこ?
目的はあなたが早川君と付き合うことだけど、現状だとそれは難しい。
ならば、そこに辿り着くまでの目標を設定すべきってこと」
「今のうちが早川君としたかこと......で、デートかな」
恥じらう乙女で人差し指同士をちょんちょんとさせながら言う琴波。
そんな彼女に対し、莉子はニコッと顔をすると、友達の無防備な額にピンッとデコピンする。
「あいたっ!?」
琴波は額に走る痛みに顔をのけぞらせた。
そして、額を抑えながら突然降り注いだ理不尽に抗議する。
「莉子ちゃん何すると!?」
「あなたの頭があまりにもお花畑だったから現実に戻してあげただけよ。
そもそもあなたは早川君に先手を取られてフラれてるでしょ?」
「フラれてなかもん!」
「微妙に距離取られてる時点で一緒よ。そんな状態でもデートに付き合う相手としたら、その相手は相当ヤバい奴だからあなたの息の根を止めてでも付き合わせないわ」
莉子の確固たる意思表明に琴波も「流石にそりゃやりすぎばい」と言葉を零す。
しかし、友人の行動も全ては自分のためだと理解しているのか琴波がこれ以上言い返すことは無かった。
「話を戻すわよ。あなたはそもそも距離を置かれてる。
なら、その距離を強制的に元に戻す、もっと言えば近づけることが望ましい」
「そりゃそうやろうばってん、それが難しかって話やなか?」
「えぇ、だから、これからの早川君の行動を利用する作戦を伝授しようってこと。
早川君はキャストを意図的に選出する。恐らく中身の見えない箱にクラス分の名前を入れたと言い、それを目の前であたかも無作為に選んでるかのようにして、事前に仕込んでいたキャストの名前を取り出す」
「なるほど。ばってん、それって不正しとーってバレん?」
「それが自分の利益になるような選出だったら気付く人もいるかもしれないわね。
でも、恐らくそうはならない。となれば、不正を気にする人もいない。
そもそもこの年齢になって劇で主役になって真面目にやろうって考えの人も少ないだろうし」
「ふーん、そげなこと。それじゃ、そればやらるー前に行動するってことばいね?」
琴波からの言葉に莉子は「よくわかってるじゃん」と邪悪な笑みを浮かべた。
「相手がそういう手で来るとしたら、先にこっちから不正箱を出してしまえばいい。
仮に早川君が何か言おうとしても、あなたの持ち前の無遠慮さで話を進めてしまえばいい。
そうすれば、早川君はわざわざあなたの持ってきた箱が不正されてるなんて公で言う人じゃないから」
「なんかサラッと酷か事言われた気がするばってん。
それに完全に善意に付け込んどーごたって気が引くるばい」
「先に手を出してきたのはあっちよ。なら、キッチリ罰を受けるのが筋だわ。
安心しなさい、ポンコツで大事なところでポカやらかすあなたとは違ってこっちにも協力者がいるから」
「酷かばい」
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