第149話 すんなりいかないクラス会議

 休日が明けて月曜日の放課後。

 玲子さんと向かい合うように二つの机を合わせて座る俺は、永久先輩から貰った新しい台本を見せた。

 そして、彼女が台本を確認する姿を見ていれば、どんどんと顔が険しくなっていくのがわかる。


「何この台本。こんな内容ならいっそ『美女と野獣』でいいじゃない。

 というか、前の良かった作品の内容はどうなったのよ?」


「それは俺が無理言って変えてもらった。だって、あの設定じゃまず間違いなく俺だからな」


「拓海君がこれを......?」


 玲子さんはすぐに「しまった」とでも言っているような顔をしたが、こればっかりは言われても仕方ない気がする。

 俺だってこんな状況じゃなかったら断る理由は無かったさ。


 俺が申し訳なさそうに玲子さんを見ていると、彼女は顎に手を当てて何かを考え始める。

 そして、俯かせた顔を上げると、何か裏がありそうな質問をしてきた。


「この内容になるようについて言ったのは拓海君だけよね?」


「え?......あ、うん。少なくとも、俺は誰かに相談されたわけじゃないよ」


「となると、これは拓海君の何らかの思惑があってわざわざ内容を変更してもらったってことよね。

 ......まぁ、まずあの件だろうけど、確証が無い以上本人に聞くのが一番よね」


 玲子さんが後半の言葉をブツブツ独り言で呟けば、すぐに「何があったの?」と聞いてきた。

 なので、俺は現状の東大寺さんに関わる経緯を話すことにした。


 もともと東大寺さんに関しては、俺とゲンキングで内々に作戦が進められれば良かったのだが、水族館の彼女の様子からどうにもこのまま関わらせるのは不味いと判断したからだ。


 作戦の行動において真に恐ろしいのは敵の脅威よりも味方による裏切りだ。

 別にゲンキングが裏切るような行動を取ると思ってないが、味方が不安になるような想定外の行動は流石に勘弁していただきたい。


 となれば、俺には一緒に作戦を行動してくれる味方がいなくなるというわけで。

 その中で一番最初に味方になってくれそうな人物を考えた結果、玲子さんに辿り着いた。

 なんか都合よく使ってる感じがして申し訳ないけど、最初に台本を持ってきたということもあって玲子さんなら申し分ないだろう。


「......なるほど、そういうことね。であれば、この作戦の内容も納得だわ。

 拓海君は東大寺さんから距離を置きたいってことね」


「相変わらず理解が早いね。まぁ、距離を置きたいっていうか、大地との関わる時間を増やしてあげたい......いや、これも俺の都合だから、客観的に見ればそういうことか」


 こればっかりは言い逃れしたって仕方ない。

 俺は東大寺さんと一時的にでも関わらない時間を作りたい。

 それが結果的に大地のためになるのだから。

 ......うん、友達のためっていう免罪符で逃れようとしてることも自覚してる。


「となれば、この先の展開もだいたい予想がつくわ」


 玲子さんは頬杖を突きながら、台本をペラペラと捲っていく。

 読んでいるというかはセリフの部分を流し読みしてる感じだ。


「拓海君が私に協力して欲しいのはこの台本通り――いえ、拓海君の想像通りのキャストを人選するってことでいいのよね?」


「全くもってその通りです。恐らく、主役を自らやろうとする人はいないし、誰かを役に推薦する人はいないと思ってる」


「金城君あたりが面白がってやりそうな感じはするけど」


「そこは俺が断れば済む話さ。さすがに相手の意見は尊重してくれると思うし。

 それに仮に俺がその話が来ようものならむしろそっちの方が話が早くて助かる」


「というと?」


「クラス分の名前が入った箱を用意して俺が引いた人をキャストにすればいいのさ。

 クラス委員長の俺だから出来る職権乱用さ。自分で用意した箱を自分で引く。

 これほどお手軽な出来レースは無いと思う」


 ある意味クラスにおける俺の信用を利用した作戦とも言える。

 それにこの結果における俺の信用度の影響はそこまで大きくないと思われる。

 なぜなら、そういうことをする場合、大抵自分が一番に美味しい思いをしたい場合だ。


 例えば、クラス一番の美少女を姫役に据えて自分が王子役になるとか。

 玲子さんが姫役になって、俺が王子役となればクラスの男子による非難殺到は避けられない。

 しかし、俺の目的がそこに利益がない以上、噛みつかれる心配も無いというわけだ。


「つまり、私にして欲しいのは裏工作の手伝いね。

 例えば、その抽選の流れに持っていくようなサクラ役を作るとか」


「あぁ、そんな感じだ。といっても、まだ案を出してる程度だけどな。

 ただ、クラスの出し物が被れば、クラス同士の抽選となるから出来れば早めに行動したい。

 そんなことで俺の作戦を破綻させたくないからな」


「.......拓海君はその選択をしたのね」


 玲子さんがじっと目を見て聞いてくる。

 それはきっと水族館前に玲子さんと話したことだろう。

 あぁ、確かにあの時は中途半端だった。だけど、今は違う。


「俺も傷つける覚悟は出来た。だから、もう迷わない。

 なんて全然カッコ良くない最低な宣言だけどな」


「大抵の恋なんてカッコつく方が稀よ。

 それに人間関係は複雑だからこそ、そんな不格好な選択肢しか出来ない場合もある。

 ただ気を付けて。あなたが動かそうとしているのは機械じゃない。人間よ。

 合理的な選択をし続ける機械と違い、人間は感情で損を取ることもある。

 その場合、あなたのやったことが大きく意味が変わってしまうこともある」


「わかった......なんて断言できるほど理解できてないけど、俺は友人の恋のために悪役ヒールになるって決めたのさ。この台本通りな」


****


 時間は進んで翌日。

 帰りのHRの時間を使わせてもらい、文化祭に関しての話をさせてもらうことに。

 俺と東大寺さんは学級委員長として黒板の前に立ちながら話を始める。


「前回、このクラスの出し物が劇になったわけだけど、まずはそれで話を進めていくけどいいか?」


 ここで「実は反対で~」みたいな意見があったら少し面倒だったが、特に異論はなさそうだった。

 正直、ここの学校はそこそこ財力があるので割と凝った物を作ってもいい。


 つまりは、そのクオリティ次第で制作フローが大きく変動するんだが、そこら辺は特に考えてないのだろうか。

 まぁ、特に意見がないのならやってくれるってことで、こっちはこっちで話を進めさせてもらうけど。


「それじゃ、このクラスの出し物は劇で文化祭実行委員会に提出しておく。

 ただ、出し物が被ってしまう場合もあって、クジに負ければ第二候補の喫茶店にシフトするから」


 まぁ、かなり早い段階で要望書は提出したからそこら辺に関しては問題ないだろう。

 さて、それじゃそろそろこの議題の本番と行きますか。


「で、話を始める前に事前に配った台本を見てもらったと思うけど、これは『美女と野獣』をベースに少し改変した内容にしてあるし、それにアニメ版とかの方じゃなくて本来の内容の方に寄せてる感じ。

 だから、もしこの中に原作厨がいたのなら謝っとく。すまんがこれでやらせてくれ」


「いいじゃないか? 普通に内容的にも王道な感じで。それで肝心のキャストはどうするんだ?

 この中で主な登場人物である野獣役、美女役、美女の父親役、そして悪徳領主役を先に決める感じか?」


 俺が主導権を握って話す中、わざわざ空太が大きな声を出して話題を促してきた。

 つまり、空太が玲子さんが頼んだサクラ役ってことで間違いないだろう。

 上手く話を誘導してくれてサンキュー!


「あぁ、そうだ。やりたい役の希望があれば優先するがどうする?」


 そう話を出せば当然玲子さんやゲンキングに白羽の矢が立った。

 クラスの皆からしてもその二人が順当な候補なのだろう。

 しかし、それは二人が断ったことで話は流れる。

 つまり、ここからは俺が望んだような出来レ――


「それじゃ、うちが作ってきたこのクラス全員分の名前が入った抽選箱から引いた人をキャストにするってのはどう?」


 え!? なんで東大寺さんが同じ事を!?

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