第148話 俺は平穏に過ごしたいんですけどね

「......とりあえず、こちらお土産です。お納めします」


「えぇ、苦しゅうないわ」


 ベッドに座り足を組み、腕を組みで見下ろす永久先輩とその前で正座をする俺。

 先輩が胡坐にしていいというので、俺は遠慮なくそうさせてもらう。

 というか、俺の家なのに俺に主導権がないとはこれいかに。


「それで先輩はなんで家にいるんですか?」


「あら? 用がなければ来ちゃいけない?」


「流石に何も無くて家に来ちゃ困りますって。別に付き合ってるわけでもないのに」


「へぇ~、そういうこと言うんだ。ふ~ん、拓海君にとってワタシという存在はその程度なのね。

 えぇ、よくわかったわ。では、こちらも態度を改めさせてもらうわ。正座しなさいこの豚」


「えぇ......」


 突然先輩の態度が急変したんだが。

 俺は事実を述べただけなのに、それが先輩の逆鱗に触れたとでもいうのか。

 余計なことを考えてしまいそうになるから勘弁してほしい。

 今の俺はまだそれを考えられるステージにすら立っていないというのに。


「先輩」


「何を気安く話しかけてくるのかしらこの豚は」


「この家の息子権限で先輩には出ていってもらいますがよろしいか?」


「ワタシが謝るからあなたも許しなさい」


「なんという手のひら返しながらも態度は高圧的なんだ」


 もはや謝罪の態度ではない気がするのだが、そこはもう俺と先輩の仲ということで流してあげよう。


「言っておくけど、ワタシだってちゃんと用があって来たのよ?

 それにここにいるのだって、たまたま拓海君の家に向かってる最中に義母様に会ったからで、どうせなら拓海君の家で待ってればと言うから」


 母親の息子に対するプライバシーがあまりにも緩い件について!

 いくら友達だからって勝手に家に招き入れていいものなのか。

 しかし、この家のヒエラルキートップは母さんなので、注意こそすれど完全に止めることは難しいだろうな。


 そんなことを想っていると先輩が「それにしても......」と辺りをキョロキョロし始めた。

 その様子に首を傾げながら聞いてみた。


「どうしたんですか?」


「なんというか......拓海君ってちゃんと性欲あるのかしらと思って」


「.......はい?」


「拓海君の部屋を漁った時に大人の写真本か大人の絵本のどちらかがあると思ったのよ。

 あ、でも、イマドキで言えば電子書籍ってパターンもあるわね」


「サラッと人の部屋を漁ったことを報告しないでください。

 それに勝手に一人で自己完結しないでください」


 相変わらずこの人のカミングアウトは心臓に悪い。つーか、俺の部屋にあがって勝手に漁るな。

 その後、先輩に「どうなの?」と聞かれたので、「そもそも持ってません」と言えばなぜか引かれた。

 この人は俺を一体どう思ってるのか?


「拓海君って性欲ないの?」


「失礼な、ありますよ.......ハッ!」


 ついうっかり正直に答えてしまった。

 瞬間、目の前にいる先輩の顔がそれはそれは楽しそうにニタァと笑うではないか。

 やっべ、しくったー。この人に余計な付け入る隙を与えてしまった。


 咄嗟に先輩からの強烈なボディブロー並みの言葉に身構えていれば、意外にも先輩はその話題に触れることは無く、むしろ自分から話題を変えていった。


「正直、めちゃくちゃイジリたいのだけど、ここは一先ず我慢しておくわ」


「永久に我慢してください」


「で、本題に戻るけれど、ワタシはちゃんと用があってあなたに会おうとしてたの。

 はい、これ。前に言ってた修正版の台本。確認してみてくれるかしら?」


 先輩が近くに置いてあった紙袋から取り出したのは以前読ませてもらった演目の台本だ。

 確か、俺が大地と東大寺さんを主役に立てたいみたいなこと言って、めっちゃ不機嫌そうだったのにしっかりと書いてくれたんだ。


「なんというか、ありがとうございます。

 先輩には全然関係ない事なのに書き直しをしてくれて」


「えぇ、ぶっちゃけ言えばめちゃくちゃ筆が乗らなかったわ。

 で、ネタは思いつかないわもあってやったこととすれば、ほんの少しの文章の改変ぐらい。

 それを決めて書き始めたらせ修正に10分もかからなかったわ。

 まぁ、ベースが童話から引っ張ってるから仕方ない部分もあるけど」


「正直、あのままだったらどうしようかと思ってました」


「......ハァ、あなたってつくづく天然で誑し込むのが上手いと思うわ。

 で、そのクモの巣にかかったら最後、こっちはあなたの思うがままってわけ」


 あれ? おかしい? どうして俺が悪いチャラ男みたいな評価をされているのか?

 どう考えても振り回されてるのは俺のはずなのに。

 そんな腑に落ちない気持ちを抱えながら、とりあえず先輩の台本を読んでいく。

 確か、以前読んだときは「美女と野獣」をベースにしたものだった。

 さて、今回はどんな風な仕上がりになっているのか。


「期待してるとこ悪いけど、もはやそのまんまよ」


 先輩の言ってる通り、やはりベースは「美女と野獣」の内容だった。

 以前はメインだったブタ男爵が野獣伯爵に変わってる。

 それとわかりやすい敵役が追加され、それに合わせて内容が改変されてる。

 いや、普通に後半のストーリーかわっとるやないですか。これ10分で作ったってマジ?


「あなたの言葉を解釈するなら、あなたが懸念してるのはあの暴走娘との接触時間なんでしょ? 単純接触効果っていうのかしら。

 以前のブタ男爵メインなら、例え最後の王子役を薊君に変えたとしても、ヒロインに暴走娘を据えた時間の方が長くなるもの。演劇の練習やらでね」


「流石に鋭い着眼点ですね。さすが先輩っす」


「ふふっ、もっと褒めなさい。そして、ワタシだけを崇め従いなさい」


 先輩は得意げに胸を張ってる。こういう所はやっぱ子供っぽいな。

 お転婆だった昔の妹感でも戻って来てるのか。


「で、話に戻るけれど、人間の心理的に関われば関わるほど相手に好感を持ちやすくなる。

 ギャルゲーの主人公がヒロインとしか話さないようなものね」


「アレはそういう仕様ですから。どうでもいい友達との日常会話のパートなんて本当にどうでもいいでしょ」


「ともかく、相手がそれこそ生理的嫌悪感を示すような相手でなければ、まずもって好感度は上がっていくはず。

 それこそ贔屓めに見ても薊君は高身長でスポーツマン、一定の清潔感は持ってるし、顔も爽やかイケメンって感じでしょうね」


 ほぅ、大地に対する他人からの評価って初めて聞くけど、やっぱ永久先輩レベルで見てもアイツはイケメンの部類に入るのか。スゲーなアイツ。


「言っておくけど、ワタシの好みではないわよ。

 一般的な目線で話しただけだから。いいこと、そこを勘違いしないで」


「めっちゃ念を押すじゃないすか。大丈夫ですって。

 流石にそこまで妄想を飛躍させることはないですから」


 だけど、逆にそこまで言うと......なんて考えてしまうのもきっと邪推なんだろうな。

 ともかく、この台本で概ね問題ないだろう。

 後はどうやってこの演目のキャストを選出するかだよな。


「......何かあった?」


「え?」


 先輩が何かを見るようにじーっと目線を浴びせて来る。

 何がって言われると正直めちゃくちゃありましたが。

 だけど、流石にそれを先輩に言うのは違うと思うし。


「別に何もないですよ」


「......そう。ま、あなたの言葉は信じないようにしてるからきっと何かあったんでしょうね」


 バレテーラ。


「俺の言葉ぐらい信じてくださいよ。可愛い後輩の言葉ぐらい」


「残念ながらあなたをただの後輩として見るような目は持ってないの。

 それにあの男がここまでずっと静かなのが逆におかしいし」


「あの男?」


「なんでもないわ。こっちのことよ。

 ともかく、あなたはこれ以上面倒ごと増やさないこと。いい?」


 そう言って先輩は荷物を持って帰って行った。

 そんな後ろ姿を見ながら、俺は思った――たぶん俺自らが面倒ごと増やしたことってほとんどないんじゃないかって。

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