第107話 その登場の仕方は悪印象しかないですよ

 皆で海に行った日から数日が早くも経過したが、永久先輩からは音沙汰がない。

 あのおかしな反応から何度かレイソで連絡してるが、全て未読スルー。


 玲子さんやゲンキング、隼人辺りに先輩とやり取りしてないか聞いてみた。

 しかし、彼女らの中でも先輩とやり取りしてる人はいないらしい。


 これはいよいよきな臭く感じてきた。

 これは俺が漫画やアニメの展開に毒されてる思考によるものだが、もしかして家族絡みで何かあったのではなかろうか。


 実際、先輩から兄への憧憬の話を聞いてる時も、先輩からの母親の評価があまり良くなかった。


 先輩自体は母親のことを好きみたいなこと言ってたけど、内容だけ聞いたなら母親は優秀だった兄の方にしか興味が向いていない感じに聞こえた。


 だって、その時の先輩がとても寂しそうな顔をしてたから。

 しかし、今回ばかりは些か勝手が異なると思う。

 なぜなら、家族絡みだったからだ。


 これまでの玲子さんやゲンキング、隼人なんかは個人的な感情や気持ちが問題だった。

 しかし、先輩の場合は家族に問題があり、それを他人の俺がどうこう口出していいのか。


 少なくとも、俺の立場ではまるで勝てないだろう。

 現状だって高校生の子供だし、一度目の人生を思い返したってクソニートだ。

 社会の苦労を何も知らないクソガキのままだ。


「ハァ......だからといって、見なかったことにも出来ないよな」


 ベッドに寝そべりながら、天井をぼんやりと見つめる。

 何も知らない、何も経験していない俺の言葉はきっと薄っぺらい。

 自分が出来ない理想を、さもそれが出来て当たり前の人間のように相手には言う。


 言えばカッコいいセリフも、言う人がしょうもないなら言葉もしょうもなくなる。

 なら、その言葉に見合う人間になるよう努力するしかない。


 本質を見失うな。

 俺はこの人生をやり直すと決めた時、どう考えた?

 人生を変えるためには生半可な努力じゃダメだ。

 ビビってても何も始まらない。

 自分すら顧みなかった人間だが、それでも先輩を見捨てていい理由にはならない。


「よし、とりあえず行動してみよう。外に出れば何か変わるかもしれない」


 俺は炎天下の日差しを浴びながら、外に出た。

 帽子を被って顔にかかる日差しをカットしてみたが、地面が鉄板のように熱気を放つので意味がない。


 少し遠くに目を向ければ、ゆらゆらと動く陽炎が見える。

 つまり、それだけ暑いということだ。なんせ酷暑だからな。


 外に出て数分で俺は全身から汗が噴き出していく。

 まるで大前に打たれてずぶ濡れになったような感覚だ。

 Tシャツの襟もとも胸辺りまで色が変色しちまったし。


「うぇ~~~~、あち”ぃ.......」


 道を歩く気分はまるで灼熱の砂漠の上を歩くよう。

 加えて、ここの近くには自販機が見当たらない。

 やっべ、これはいよいよ不味いかもしれない。

 無策で外に出すぎた。


「そこの少年、君は早川拓海で間違いないな?」


 暑さでだらけていると、聞き覚えの無い声に振り返る。

 すると、そこにはこんな暑さの中、スーツに身を包み、黒いサングラスをかけた男が立っていた。


 やっべ、リアルな死神に出会っちまったかも。

 ガタいもいいし、角刈りだし、サングラス越しなのに眼力伝わってくるし。

 しかも、よく見たらさらに二人ぐらいスタンバってたし。


 この感覚、俺はよく知ってる。

 俺の人生が狂い始めた最初の不良グループとの出会いと同じだ。

 突然何の脈絡もなく理不尽という事象が具現化した存在が俺の前に現れる。


 あの時は確か、固まっていたら突然殴られたんだっけ。

 金目の物は財布ごと奪われ、せっかく買った新品のフィギュアも目の前で壊された。


 ハァ、またか。またかよ。

 だが、今度も同じと思うなよ!

 俺は全力で走り出した。

 そして、捕まった。


 三人の男に抱えられて運ばれる光景は、まるで仕留めた獲物の両手両足を丈夫な棒で引っ掛けてるよう。

 まさにブタの丸焼きの調理風景だ。


 全然逃げれなかったし、抵抗する暇も無かった。

 この体形のせいもあるが、明らかに黒服の人達がデキる動きだった。

 なんの無駄な動作もなく俺を無力化した。SATかな?


 せっせと運ばれてぶち込まれたのは、真っ黒の長い鉄の箱もといリムジン。

 そこには黒服の男を従わせる一人の女性の姿があった。


「ハァイ、子豚ちゃん。体育祭以来ね」


 見覚えのある黒髪の女性。如何にも成金って感じだ。

 そして、この顔には見覚えがある。

 確か――


「隼人のお姉さん......?」


「ピンポンピンポーン! 大正解よ、花丸あげちゃう!」


 なんだかやたらテンションの高い反応に困惑するんだが。

 つーか、このリムジンめっちゃ金かかってそう。

 赤を基調とした革製のソファにテーブル、小型冷蔵庫、テレビとある。


 いつぞやのドラマで見た悪役富豪が、ドレスを着た女性を何人も囲ったリムジンと一緒かそれ以上。


 空調が実に快適な温度であることには非常に感謝したいが、あまりの異空間に委縮するなという方が難しい。


「とりあえず、座んなよ。こっち、ソファあるからさ」


 これは下手に逆らわない方が良いな。

 とりあえず、隼人のお姉さんから距離を取って座ってみるも、すかさず距離をゼロにされた。


「はい、これ。冷えたジュース。こんなあっつい外で歩いてたんだから喉乾いてるでしょ?」


「......ありがとうございます」


「警戒しなくたって大丈夫よ。危険な物は入ってないから」


「......そうですね。やるんだったら、こんなやり方しなくても簡単に済みますもんね」


 俺はお言葉に甘えてプルタブに指を引っかけ、缶に口をつける。

 喉に冷えたジュースが流れ込み、瞬く間に全身が冷えていくのがわかる。

 ぷはっ、うめぇ~~~~。

 ただのオレンジジュースなのにめっちゃうめ~~~~。


 そんな様子を隼人のお姉さんは横目でキョトンとした様子で眺めて来る。

 しかし、すぐにニヤッとしたのが目の端でわかった。


「へぇ~、さすが隼人が見込んだ子ね。こんな状況に動じないなんて」


「動じてますよ、表にあまり出さないだけで。

 強いて言えば、この状況に慣れてるって感じですかね」


 隼人のお姉さんや周りにいる黒服の人達は必要以上の圧をかけてこない。

 それに比べれば、理不尽な圧をずっとかけ続けてきたあの不良グループの方がよっぽど怖かった。


 俺が缶ジュースを飲み終わったのを境に、隼人のお姉さんは自己紹介を始めた。


「それじゃ、一応前に会ってるけど改めて。

 金城成美よ。隼人の自慢のお姉ちゃんです♪」


 隼人自身はあまり思ってなさそうですけどね、という言葉がつい喉の奥からでしゃばってきたので、素早く痛めつけて飲み込んでいく。

 しかし、俺が言わなくても、成美さんの方から言ってきた。


「でもね、なんでかお姉ちゃんは隼人に嫌われてるのよ。

 あの子の前では気丈に振る舞ってても、やっぱりあの態度は辛いわ」


 確か隼人が姉を嫌ってるのは、姉がコンプレックスの象徴だからだっけ。

 自分が得たかった親からの愛情も信頼も優秀な姉に全て奪われた。

 そう考えると、なんだか隼人と先輩は同じ立場なのにまるで考え方が違うな。


 一人は嫉妬で、一人は敬称。

 先輩のは話だけだけど、妹思いで良い人そうだし。

 成美さんも特に隼人に対して嫌がらせとかをするようにも見えないし。


「ま、なんとなく原因はわかってるんだけどね......」


 隼人のお姉さんは一点をぼんやり見つめた。

 一見寂しそうな表情にも見えたが、口元は意外にも笑っていた。


「って、そんなことを聞いてもらいに君を連れて来たんじゃなかった!」


 正確には“攫って”ですけどね。

 つーか、俺って今隼人のお姉さんに構ってる暇ねぇんだけど?

 しかし、そんな俺の気持ちも露知らず、成美さんはゴリゴリに聞いてくる。


「それじゃ、普段の隼人の話を聞かせてよ。もちろん、もするから、ね?」

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