第108話 思わぬ情報源

 俺はこんなことしてる暇はないと思う。

 永久先輩が音信不通。

 何かあったんじゃないかと思うには十分な理由だ。


 だが、だからといって目の前の相手に失礼を働いていいものか。

 少なくとも、今回に限ってはとてつもなく相手が悪い。

 隼人の姉は起こらせてはいけないタイプだと思う。


「大丈夫よ。ここは本来ドレスコードで来るレストランだけど、早川君はあたしのお友達だからそのままの格好で大丈夫よ。それに勝手に連れてきちゃったのもあるし」


 周囲は豪華絢爛なレストラン。

 昼頃の営業は普段していないのか他の客は見えない。

 だが、点々とある席にドレスを着た女性やスーツの男性が座っているだろうことは容易に想像できる。


 ここは三十階建ての高層ビルにあるお金持ちしか入れないレストランだ。

 今いる窓際の席からは、ム〇カ大佐が今にも「人々がゴミのようだ」と言いそうな景色が広がっている。


 正直、食べる食べない以前に凄まじく居心地が悪い。

 高級すぎるレストランに来ても気分を悪くするんだな。

 そう考えると俺は根っからの庶民気質だというのが理解できる。


「俺、マナーとか知らないですけど」


「安心して。その程度で怒る店じゃないから。

 それに隼人の友達を無下にするような店なら生き残れないからね」


 お姉さまの暗黒微笑が見える。

 これ実質脅されてるって感じじゃありません?

 余計な飛び火は嫌だから何も言いませんけどね。


 目の前にダンディな店員が料理を置いた。

 前菜の盛り合わせ......確かオードブルって言ったっけ?

 なんか盛り付けも凄くオシャレだ。


「さ、遠慮なく食べて」


「......いただきます」


 緊張しながら前菜を食べる。

 空気感に慣れなくてあんまり味を感じない。

 俺の食事風景を見ていた成美さんも食事を始める。

 そして、改めて話題を提示した。


「それじゃ、聞かせてくれる? 普段の隼人の学校生活のこと」


「俺は別にいいですけど、それを勝手に答えて隼人になんて言われるか。

 そもそも隼人とはそんな話はしないんですか?」


 成美さんは首を横に振った。


「しないわ。あの子が自分のことを話すタイプじゃないし、それにあたしには余計に。

 ただまぁ、中学生の時は必ず不参加だった学校行事に行ったのは正直驚いたわ」


 隼人の人格がより強く形成され始めた時期って感じか?

 隼人自身が昔の自分は誰彼構わず、自分より能力の低い人間を見下してたって言ってたしな。


「そして、その行事以降まるで毎日良い事が起きてるみたいに機嫌良さそうなのよ」


「全くそうは見えないですけど」


「あの子は分かりにくいのよ。でも、時折一人で鼻歌を歌ってることだってあったわ。

 それに何より、あたしに対してちゃんと返答してくれるようになった。

 お姉ちゃんとしてはそれが一番嬉しいわ」


 歪みが矯正される前は無視とかしていたのだろうか。

 まぁ、しそうだな。容易に想像できるよ。だって、隼人だもの。


 オードブルが終わるとスープが届く。

 コンソメスープだった。


「ただ、お姉ちゃんにとって予想外だったのは、その相手が女の子じゃなかったことね。

 あたしはてっきりどこぞの正義感と気が強い委員長タイプの子に絆されたのかと思ったけど」


 そう考えると性別から何やらまで真逆だな。

 俺は男だし、正義感もあんまないし、気が強いように見える態度をしてるだけだし。


「隼人の女子への興味の無さはもはや以上レベルですよ。

 前までは近寄るなオーラや目つきの悪さで、評価は女子の評価はそこまで高くなかった感じですが、角が取れた今じゃ普通に女子に(雑だけど)受け答えするようになったし、今や目つきの悪さも加点要素になってるにも関わらず」


 普通にルックスでモテる辺り実に羨ましい。

 俺も一度はイケメンに生まれたかったものだよ。

 今なら血涙する大地の気持ちが良くわかる気がする。

 今度アイツに優しくしてやろう。


 スープを飲んでいた成美さんは、手を止めて答えた。


「隼人はカッコいいからね。お姉ちゃんだって弟じゃなかったら絶対に狙ってたし、今だってそういう気分ではある」


 思わぬ爆弾発言を聞いた気がした。

 聞かなかったことにしよう。


「ま、性格はそう簡単に変わるもんじゃないし、今の興味が単に早川君にあるってだけでしょ」


「体育祭の時に見たと思いますが、隼人にも(一応)親しい女友達はいるんですよ?」


「あの子が興味を持ってるなら審査したでしょうね。

 でも、そういった感じじゃないし、あの女の子達も隼人に対して好意を寄せてる感じじゃなかったしね」


 目の前でスープの皿が片付けられると、今度は魚介系料理が並んだ。

 正直、食べれば食べるほどお腹減って来るんだが。


 にしても、全くの初対面からも隼人と玲子さん達女性陣の評価はドライに映ってるんだな。

 なんつーか、程よく恋愛脳の俺はどうにもそう紐づけをしてしまいがちなんだが。


「そういう意味だと、早川君は隼人と真逆よね」


「そうですね。身長からルックス、性格、犬猫の好みから何まで割とアイツとの会話は対立しっぱなしですよ」


「ふふっ、そうなの。でも、今言ったのはそういう意味じゃないわよ」


 成美さんが楽しそうに笑いながら、フォークに刺した魚の肉を頬張る。


「どういう意味って顔をしてるわね」


「そう、ですね......はい」


「その自覚能力の低さはきっと、自己肯定感の低さから来るものなのでしょうね。

 隼人の場合は、自尊心は高かったから自分に対する周りの評価に敏感だった。

 だけど、早川君の場合は、同じように周りを気にするけどあまりに自分を顧みない。

 それが二人の大きな差よ」


「周りをもっと見ろってことですか?」


「簡単に言うならそういうことになるわ」


 魚介料理を食べ終えると、次はデザートが出て来た。

 メインより先に!? と思ったが、成美さん曰くこれは口直しのソルベというらしい。

 ちなみに、さっきの料理はポワソンと呼ばれ、フランス料理のコースの呼び名のようだ。


 デザートはレモンシャーベットだった。

 食わなくても美味いとわかる俺の好きな味の一つだ。

 食べた感じ、サッパリとしていて甘さ控えめな感じがした。


「ま、恐らく早川君の場合は愚直ってのが美徳なんでしょうけど。

 でも、それはある種の天然タラシの素質を要するから気を付けた方が良いわ」


「タラシなんて......特にモテたことないですけど」


「本当に? 全く誰からも好意らしきものを感じ取ったことは無い?」


 そう言われると否定できない。

 少なくとも玲子さんやゲンキングからはそれに近い言葉を受けた。

 俺の勝手な勘違いってことで処理してるけど。

 俺がデザートを食べる手を止めて目線を下に向けていると、成美さんは言った。


「ま、今は今できることに集中するのは良いことだわ。

 あれもこれもと手を出して収集がつかなくなるよりかは。

 だけど、いつかはちゃんと向き合わないとダメよ?」


「......わかりました」


「良い返事。よろしい、お礼をしよう」


 成美さんはポケットからスマホを取り出し、それをテーブルに置いた。

 一体何をするつもりだ?


「この中には早川君が求めてる白樺永久のデータが入ってる」


「!?」


「ごめんね、隼人の関わりのある人物はあらかた調べてあるのよ。

 だけど、その情報が今のあなたには必要。違う?」


 先輩の情報は欲しい。正直、今何をしてるのか。

 だけど、ほぼ確実に家族絡みで何かあったんだと思ってる。

 そんなものを俺が手に入れていいのか?


「与えられるのは、今の彼女がどこにいるか程度。

 だけど、話をつけるには十分すぎる情報じゃないかしら?」


「.......」


「きっと迷ってるでしょうね。

 確かに、この子の問題は家族絡みで、母親の方には難があるわ。

 だけど、隼人が信用する君がこんなところで立ち止まるの?」


 正直、こんなことは良くない気がする。

 勝手に第三者から情報を受け取り、家族の問題に首を突っ込むなんて。

 だけど、俺は......俺は.......!


「俺はまだ先輩の彼氏なんで! 教えてください、先輩の居場所を!」


「ふふっ、オーケー。ここで尻込みしない男の子は好きよ。

 たぶん今ならまだ間に合うんじゃないかしら」


 俺は成美さんから情報を貰うとそのまま外を出た。

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