第106話 夏の日の帰り道
岩陰で玲子さんとなんやかんやありつつ、俺はひと時の夏を楽しんだ。
皆でビーチバレーをしたり、ビーチフラッグをしたり、泳ぎ競争をしたり。
俺の一度目の高校生活ではまずありえない出来事だ。
楽しい時間はまるで夢なんじゃないかと思わせるほどに。
なぜなら、あっという間に時間が経過してしまったから。
「もう夕暮れだぜ。全然遊び足りねぇな」
「それは流石にお前だけだと思うぞ」
いつの間にか真っ黒になっている大地に隼人が突っ込む。
その通りだぞ、大地。
体力お化けのお前と違って俺はさすがに疲れた。
炎天下の中で動き回るのも中々しんどいものだ。
「だけど、楽しかった。やっぱこのメンツで来れたのは最高だったと思う」
自然と笑みがこぼれ、口からポロッと言葉が漏れた。
あまりにも無意識な行動に俺自身もビックリ。
周りから妙な視線が送らて無性に恥ずかしく感じる。
うっ、すげーらしくないこと気がする。
「なんかめちゃくちゃクセェな」
隼人、言うな。
「私は良いと思ったわ。感受性が弱い人には伝わらないものよ」
玲子さんも噛みつかない。
火照った顔を夕暮れの日差しで隠しつつ、不意に海を眺めた。
海はまるで映画のワンシーンのように美しく奇麗だった。
夕暮れの太陽が空と海を茜色に染めていく。
空は夜の空とグラデーションを生み出し、海はキラキラと宝石箱を見ているように輝いていた。
この景色を俺は人生であと何回見ることができるだろうか。
これっきりかもしれないし、早ければまた来年あるかもしれない。
だけど、この時間で見られるのは間違いなく今しかないんだ。
俺が思考を変え、意識を変え、行動を変えた結果、生み出した
そう考えるとなんだかやたら胸の奥から熱が込み上がり、目頭が熱くなる。
なんだかポエミーな考え方かもしれない。
だけど、これも頑張り続けた手に入れた結果であるなら、なんだか感慨深いものがあるってだけどの話だ。
俺がぼんやり眺めていると、皆もなぜか無言で同じ方向を見る。
そんな時間がしばし続いた。
「さ、そろそろ時間よ。帰りましょう」
「「「「はーい」」」」
タイムキーパー玲子さんの指示に従い、各々帰宅の準備。
女性陣が着替えに行ってる間に、俺達はせっせとパラソルやレジャーシートを回収。
そして、あっという間に着替えて女性陣が出てくるのを待った。
全員が揃ったところで駅へゴー。
電車に乗れば、案外空いていた。
まぁ、帰宅ラッシュの時間帯から少しズラしたってもあるけど。
全員が座れるスペースがあり、それぞれ男女に分かれ向かい合って座った。
電車の中でしばらく他愛もない会話をしていると、最初に空太がダウン。
次に、ゲンキングがダウンし、大地、永久先輩と続いていった。
皆、疲れて電池切れおこしてるな。
まぁ、そういう俺もさっきからめっちゃあくびを噛み殺してるけど。
起きてるのは俺と、隼人と玲子さんか......と思ったが、よく見たら隼人も頬杖ついてスマホ見てるかと思いきや寝てた。
結局、起きてるのは俺達だけかい!
「皆寝ちゃったね」
「そうね。両肩から寄りかかられるのは少し鬱陶しいけど......こういうのも悪くないわね」
玲子さんがそっと笑みを浮かべる。
その表情を俺はちょっと意外に感じた。
「一度目では友達と行ったことないの?」
「行ったことはあるわ。でも、どこかずっと楽しめきれずにいた。
その当時は分からなかった気持ちだったけど、今ならハッキリとわかるわ」
「なんだったの?」
「拓海君がいなかったからよ」
玲子さんは真っ直ぐと視線を送って来る。
凛とした表情が車窓から差し込む日差しに染まり、より魅力を際立たせた。
真っ直ぐ伝えられるその言葉は、いつぞやの告白紛いの時のようでドキッとする。
素であんなことを言っちゃうから困るんだよな、この人。
こっちの動悸の心配をしてるわけじゃないから仕方ないんだけどさ。
「確か、最初に打ち明けてくれた時も言ってくれたね」
「えぇ、私は拓海君というヒーローに助けられて、あの一度目も今も充実した人生を歩めてる。
だけど、一度目の私はヒーローが悪に屈してしまっている姿を、恩人の酷い目に遭う姿を見てみぬフリをしてしまった」
「前も言ったと思うけど、それは別に玲子さんが気にすることじゃないよ。
アレは俺が招いた結果で、俺が解決すべきことだったんだ。
それに今思えば、あそこに玲子さんが介入すれば、それこそ玲子さんの方が一生拭えない傷を負ってかもしれないし」
可能性の話だ。しかし、非常に高い可能性だ。
そう考えれば、改めて無事に玲子さんが巻き込まれずに、自分の行動で切り開けたこの未来がとても奇跡で幸せのように感じる。
そう、それこそ夢を見てるような――
「これは夢じゃないわ」
俺はいつの間にか下を向いていた視線を上げる。
玲子さんの力強い目とぶつかった。
どこからそんな自信が湧いてくるんだと突っ込みたくなるほどだった。
だけど、その言葉を否定したいとは思わない。
頑張ってきたことが消えるのはやっぱ辛いから。
「そうだね。これは夢じゃない。夢なんかじゃ終わらせない。
なんだろうな、案外もう少し強欲に行動してもいいのかも」
「拓海君の場合は今でもだいぶ消極的だと思うわ。
自分が信じること、自分が願うこと、自分が叶えたいこと、他にも全部欲してもいいの。
この世界に神様がいるのなら、拓海君にあれだけ酷い未来を歩かせた神様に今の拓海君を否定させたりしないわ」
「なんだかカッコいいセリフだな。
今にも乙女ゲーのイケメンがCGカット入れながら言ってそうなセリフだ。
胸キュンセリフで惚れることもやむなし」
「ふふっ、惚れてもいいのよ。なら、さらに言葉を重ねさせてもらおうかしら。
私はずっと拓海君のあなたの一番の友達であり、ファンであり、味方よ。
これからの頑張り、ずっとずっと応援してるわ」
玲子さんがそっと拳を突き出す。
「おう! 頑張るわ!」
俺も嬉しくなって拳を突き出した。
まるで小学生男子達が互いの揺るがない友情の証を作るように。
座席との間に距離はあったが、気持ちはしっかり拳と拳がぶつかった気がする。
それからしばらく、俺と玲子さんはうるさくならない程度で話し続けた。
いつの間にか眠気がどこかに吹き飛んでしまったようだ。
―――数十分後
「ん~~~あ~~~~~ハァ......ガチ寝した......」
「俺もだ」
「わたしも~~~」
駅に着き、皆、無事起床。
寝起きのためか皆ローテンションで、隼人に至っては仏頂面の無口だった。
ただでさえ迫力のある人相に迫力が出てる。
「それじゃ、帰るわ。今日は楽しかった」
「また来ようね~」
玲子さんとゲンキングが一足先に歩き出す。
「んじゃ、俺達も帰りますか」
「だな」
次に、大地と空太が動き出した。
「帰るわ」
その数分後にスマホを弄ってた隼人が。
最後に残ったのは俺と先輩だった。
俺が残っていたのは仮にも先輩の恋人なので。
あと、どうせ「送ってくれるのよね?」的な文言が来ると思ったから。
しかし、いくら待てどもその言葉は来ることは無かった。
気になって先輩を見てみれば、何やら妙な雰囲気を感じ取った。
先輩がスマホを凝視しながら、目を見開ている。
スマホを持った両手は小刻みに震え、表情は何か恐ろしいことが起こったみたいな感じだ。
「先輩......?」
「っ! な、何かしら?」
「帰らないんですか?」
「......帰るわ。送ってもらわなくて大丈夫よ。それじゃ」
まるでこちらに会話のキャッチボールをさせるつもりは無いようだ。
先輩は背を向けて歩き出す。
その後ろ姿はいつもより小さくなった。
それから、俺は先輩と一切会話を交わさなくなった。
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