第104話 昼飯がほぼ無くなりました

 猛暑を記録するような熱波を送る太陽はついに天高く登った。

 時刻は昼の12時。


 海の家にはたくさんの人達が往来し、一種の夏祭り会場のようだった。

 違いがあるとすれば、圧倒的な露出度の有無であろうか。

 なんだかんだで目が色々な方向に動いてしまう。


「こら、拓ちゃん。欲情しない」


「痛たたた......」


「そんな指摘される男を初めて見た」


 俺とゲンキング、そして隼人は昼ご飯を買いに来ていた。


 昼飯じゃんけんは厳正なる審判のもと行われ、勝ち抜けなのに立ち上がろうとした玲子さんを永久先輩が確保しているうちに来たのが今である。


 俺の中ではなんとも不思議な組み合わせだ。

 隼人とゲンキングが話すことはあるらしいが、その光景を俺は未だ見たことない。

 というわけで、ついでだから聞いてみるか。


「そういや、二人は話すことあるのか?」


「なんだその質問?」


「単純に気になっただけ。ほら、こういうとなんだけど隼人と玲子さんは対立してるし、玲子さん至上主義みたいなゲンキングと話するのかなって」


 隼人とゲンキングが顔を見合わせる。

 これといった恋愛的な情緒の空気をおくびも出さず隼人は言った。


「まぁ、話すな。というか、俺はコイツの振ってきた話に適当に相槌打ったり、答えてるだけだ。

 俺から話しかけたということは一度も無いな」


「ホントそれ! まるで返事だけプログラミングされたロボットのように『へぇ~』とか『そう』しか答えないんだよ!?

 だから、基本的に金城君に話しかける時には、“はい”か“いいえ”の二択で答えられないような質問にしてる」


「なんでそこまでして話しかけるんだ? ぶっちゃけとっつきにくいだろ、コイツ」


「本当にぶっちゃけたな」


 俺の質問にゲンキングは「う~ん」と呻り、考え始めた。

 そんな様子を見ながら、俺は思ったね。

 ゲンキングから隼人へと矢印フラグあるんじゃないかって。


 隼人が基本的に誰に対しても朴念仁みたいな態度は仕方ないが、ゲンキングはそういうわけじゃないし。

 それに確か前に、素っ気ない態度される方がむしろ燃えるとか言ってたような。


「それこそレイちゃんのためかもしれない?」


 思ってもいなかった答えが返ってきたんだが。


「どういう意味?」


 答えたのは隼人だった。


「俺と久川が話した後の険悪な空気を取り持つような感じだ。

 つまり、営業先でトラブルが起きた際に菓子折り持って謝りに行くようなものだ」


「ゲンキング、完全に玲子さんのマネージャーじゃん」


「事実だから余計に否定しにくい......」


 ゲンキングが本当に渋い顔をしている。

 相変わらず隼人と玲子さんはなんでそんなケンカしてるのか。

 そして、それで毎回ゲンキングがフォローにいってる。

 これはこれで仲が良いのか.......?


「なんで隼人は玲子さんとそんな犬猿の仲なんだ?

 玲子さんが一方的に隼人を敵視してるとはいえ」


 玲子さんが隼人に対する嫌悪感を持っていることは、俺の過去や玲子さんの未来かこの経験から知っている。


 俺も何度か玲子さんに「隼人ともう少し仲良くなれないか」と言っているが、彼女は「相手の出方次第」の一点張りだ。

 妙に頑固なところがあるんだよな~、あの人。


 隼人は質問に鼻で笑うと、サッと答えた。


「アイツを弄ってると面白い」


 こ、コイツもコイツか.......。

 海の家に辿り着いた。

 多くの人達で店内は満席だが、俺達は持ち帰り用の列で並んでいるので席は関係ない。

 まぁ、それでもしばらく並ぶんだけどな。


「もう少し大人になれよ」


「それは久川の出方次第だな。

 アイツは俺に対する文句は基本的に十で返してくる。

 それも“とある話題”に関しては打てば笑っちまうほど響く。

 そんな面白い関係を早々崩すのは勿体ないだろ?」


「お前、なまじ頭が良いから余計に質悪いぞそれ。いいからもう止めておけ」


「そうだそうだ! レイちゃんに言いつけてもいいんだぞー!」


「へぇ――っと悪い、肩がぶつかった」


「ひゃ!」


「わっ!」


 隼人がバランスを崩したようでゲンキングにぶつかる。

 ゲンキングはそのまま俺にぶつかり、俺は壁にぶつかった。

 さながらドミノ倒しのように奇麗にバランスを崩していった。


―――ドンッ


「「.......っ!」」


 そんでもって俺はゲンキングに壁ドンされた。

 非常に近い距離に顔があり、彼女の顔がみるみるうちに赤くなる。

 じょ、女子に壁ドンされたのなんて初めてだ......。


 ゲンキングは謝る言葉も言わずに、そっと両手で顔を覆った。

 そらまぁ、芯が陰キャのゲンキングには、こんなハプニングは大ダメージでしょうよ。


「おいおい、そんな目で睨むなよ。単なる口止め料だ。悪くないだろ?」


 隼人がゲンキングを見ながら言った。

 もしかして、今ってゲンキング隼人を睨んでたりする?

 まぁ、事の発端は隼人だしな。仕方ない。


「......一度だけだからね」


 許すんだ。

 そんなこんなをやってるうちに、俺達の番がやってきた。

 人数分の焼きそばと適当にいくつかのおかずを買って、歩いてきた道を戻って行く。


 その間、俺は隼人がゲンキングに言った言葉が気になっていた。

 言葉の意味はわかりかねるが、また隼人がなんかやってる気がする。

 よし、問い質すか。


「隼人、率直に聞く。何を企んでる?」


「おいおい、本当に直球だな」


 隼人のすかした反応。

 予想通り隼人の表情から読み取るのは難しいな。


 ポーカーフェイスが上手すぎてわかってるのかわからないのか、どっちの反応か全くわからない。


「なんだ急に? なんでそんな質問してくるんだ?」


「なんとなくだ。周りの連中の反応やお前の意味深な行動とかな」


「例えば?」


「直近で言えば、駅前の集合場所でお前が妙に永久先輩に慣れ慣れしかったことだな。

 永久先輩は誰とでも一定の会話はするタイプだと思う。

 だが、同時に好き嫌いもハッキリするタイプだ。

 そう考えるとお前のようなタイプは合わないはずだ」


「へぇ~、随分と理解してんだな。白樺のこと」


「せめて先輩はつけておけ」


「許可されたから問題ない。それにしても、そうかそうか......そうやって相手の行動を予測できるほどには距離が近づいたってことだな」


 隼人が腕を組み、一人関心した様子で頷く。

 コイツの思考に対してはいつも俺は置いてけぼりだ。

 たまには俺にも情報共有させろ!


「一応恋人役やってんだからそれぐらいわかるよ。

 で、お前はその反応で何が言いたいんだ?」


「墓穴を掘るのが上手いなって」


「は?」


 隼人が指をさす。

 その方向に顔を向ければ、ゲンキングの冷たいまなざしが突き刺さる。

 太陽神がその体を絶対零度に変えて、細めた目でじっと、じーっとただ無言で。


 俺は途端にこれまでかいていた汗が引っ込んだ。

 真夏の炎天下であるというのに、俺の体がむしろ寒くすら感じる。

 こ、これが......殺気ってやつか!?


「拓ちゃんのお昼ご飯没収ね」


「え、ちょ、なんで!?」


「痩せたいんでしょ。なら、ダイエットしなきゃ。

 ほら、ここは今絶好のダイエット日和。

 こんな脂っこいもの食べちゃダメ」


「いや、むしろこんな日こそ食べなきゃ体持たな――」


「痩せたいんでしょ?」


 ゲンキングの凍てつく視線の攻撃。

 炎ポケ〇ンが氷タイプの技を使ってきたような衝撃だ。

 ついでにダメージの程は弱点クリティカルの急所に入った。


 俺はなんとか言葉を出そうと口を開ける。

 が、無慈悲にも注がれ続ける視線に目が泳ぎ、口はパクパク。

 無言の圧は徹底された教育の末の支配のようになった。


「......はい」


「ん、我慢しようね」


 俺の昼ご飯は紙コップに入った唐揚げだった。

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