第99話 朝っぱらから体力削れてる気がする

 海に行く日がやってきた。

 もちろん、俺は友達とそんな日が訪れると思っていなかったので、とても楽しみにしている。


 しかし、それ以上にウッキウキな人がいた。

 我が親愛なる母上だ。


 俺が割と直近で海に行くことになったと伝えると、母さんはまるで自分が海に行くかのように目を輝かせたのだ。


 それは俺が高校の友達と青春を謳歌していることを喜んでいることだと思った。

 実際に真意を尋ねてみれば、そのような返答が返ってきた。

 だが、当日になった今でもなんでまぁこんなテンションが高いのか。


「拓ちゃん、どの水着がいいかしら?」


「......」


 現在、母さんはバーゲンセールを開いている。

 もちろん、家族割引でプライスレスだ。


 目の前にはストライプだったり、無地にワンポイント入ったやつだったり、中坊が履きそうな裾に炎が描かれたやつだったり。

 これももちろん、全部男物だ。それも新品。


 チラッと時計を見れば、出発の時刻までまだ一時間半はある。

 視線を戻せば、正座した母さんが両手を広げ、輝かせた瞳で見て来る。

 朝っぱらから空気が気まずいったらありゃしない。


「母さん。俺、確か水着持ってるって言ったよね?」


 当然ながら、中学の頃の水着である。

 カーキー色をした右側の裾に縦の一本線が入っているやつ。

 中学の頃からロクすっぽ体形が変わっていない俺にはまだ履けた。


 そのことにはちょっと悲しかったが、ウエスト部分が前回履いた時よりもゆとりが大きい気がした時は嬉しかったな。

 まぁ、どんな体形であろうと紐で結ぶタイプだから調整可能なんだけどさ。


 俺のなんとも言えない視線を送ると、母さんはキリッとした様子で答えた。


「拓ちゃん! ダメよ、そんなズボラじゃ!

 もう高校生なんだから少し位オシャレを意識しないと!」


「つっても、友達だよ?」


 女子も来るとはいえ.......。


「甘いわ! 心意気が甘すぎる! カレーに砂糖を一袋入れたように甘いわ!」


「えぇ.......」


 それはもはや甘いを通り越して不味いだろ。

 俺の認識の甘さを指摘する例えにしても独特過ぎるわ。

 とはいえ、母さんは俺のためを思って言ってくれてるわけで。

 一先ず話を聞こう。


「ちなみに、その水着のチョイス理由は?」


「まずこのストライプの柄のやつはね、この水色とピンクのネオンカラーが母さん気に入ったの」


「早速俺が気に入るかどうかからズレてるじゃん」


「同じ血が通ってるから気に入ると思ったんだけど」


 その理論は突拍子も無さ過ぎるぜ、母さん。

 好みが似通るのはわかるとしても、その二種類のストライプを履こうとは思わん。


「そして、二つ目がこの無地の水着ね。ポイントは後ろポケットのひまわり」


「無地の色が無地過ぎるよ。真っ白だよ」


 そんな純白の水着どっから見繕ってきたの?

 線で多少白が混じってるなら未だしも、それ汚した時大惨事だよ。

 股間部分が汚れた際には目も当てられないよ。


 それにワンポイントでひまわりはダセェし、デケェ。

 ポケットの枠に収まるかと思いきや、もう右のケツを覆うぐらいにはあるじゃん。

 俺が想像してたワンポイントのサイズ感じゃない。


「で、一番オススメなのは、この炎がデザインされたものね!」


「それが一番無いよ、母さん」


 黒をベースにゆらゆらと炎が燃えているタイプの水着。

 もはや言うことは無いよね。うん、凄まじく痛い。


「.......?」


 なんでそんな眉を寄せて、コイツ本当に私の息子か? みたいな視線送ってくるの?

 おっかしいな、俺の記憶だと母さんのセンスがここまで.......終わってたわ。

 この人、小学生時代に真っピンクのTシャツを俺に似合うと思って買ってくる人だった。


「拓ちゃん、このデザイン好きだったでしょ?」


「それは中学までの話だよ」


 もっと言えば、何十年前の話か。

 精神がおっさんになっている分なだけに、黒歴史の象徴みたいなその水着を見てると心が痛くなってくるのよ。


「母さん、俺のために選んでくれたのは嬉しいけど、さすがに俺はこれでいくよ」


 俺だって体裁を気にするよ。

 もういつまでも周りの目を気にしないでいられる時期じゃない。

 申し訳ないがガンとして断らせてもらおう。


 母さんはシュンとした顔をする。

 そして、諦めたようにため息を吐くと言った。


「とりあえず、このオススメは不測の事態の時のために入れて置いて」


 全然諦めてなかったわ。バリバリ意見ゴリ押して来たわ。


「仕方ない。後はメル〇リで売ろっと」


 全くへこたれた様子もなく、それどころかすぐさまいつもの調子に戻って行った母さん。

 こんな部分が勝てないと思うのだろうか。

 些かベクトルが違う気がするんだがなぁ。


――それから時が経ち、出発の時間。


 俺が玄関の所まで向かい、サンダルを履いていると、母さんが見送りにやって来た。

 母さんが言ってきたことはおおよそ最後の注意確認だ。

 財布をもったとか、スマホをもったとか、替えの水着持ったとか。

 替えの水着ってなんだ。


 ちなみに、何時に帰るかとか聞かれなかった。

 むしろ、夕方頃に帰って来ると思うってことを言えば、怪訝な顔をされた。

 そして、返ってきた言葉は「泊まらないの?」だった。

 え、俺が海に行くだけで外泊許可出るの!?


 そんなこんなで俺が玄関に手をかけようとしたその時――


―――ピンポーン


 インターホンが唐突に音を鳴らした。

 母さんに宅配の有無を聞いてみたが、どうやら違うらしい。

 なんだろう、このパターン。俺はよく知ってる気がする。


 ガチャっとドアを開ければ、案の定想定通りの人物がいた。


「おはよう、拓海君」


「拓ちゃん、おは~」


 玲子さんとゲンキングだ。

 学校の美少女枠である二人にお出迎えされるとはなんという一日か。

 ちなみに、全く持って一緒に行く予定は言ってない。

 決めたことは集合時間に、駅前集合ぐらいだ。


「あら、玲子ちゃんじゃない! 久しぶり~!」


義母様おかあさま、おはようございます」


「あの人が拓ちゃんのお母さん......あ、おはようございます! 元気唯華って言います!」


「あらあら、こんな可愛い子二人と一緒に行く約束してたなんて。拓ちゃんも隅に置けないわね」


 してませんのよね、それが。

 それに同級生に母親が知られるこの気まずさ。

 そうか、これが思春期の地獄か。


「はい、実は途中で集まってから行くつもりでしたが、つい早く出てしまったので来ちゃいました」


「い、以下同文です!」


 玲子さん、今までに見たことない笑みで、すっごいスラスラと嘘つくじゃん。

 そりゃ、玲子さんみたいな人物と一緒に海に行けるのなら嬉しいさ。

 けど、それはそれとしてそこはかとない恐怖を感じる。

 それと、ゲンキングは緊張しすぎで変になってるぞ。


「それにしても、唯華ちゃんね......てっきりこの子が例の彼女さんだと思ったんだけど、アレ? 確か特徴が違かったような」


「「っ!」」


 え、今一瞬二人がピクッと反応したような。


「大丈夫です、義母様。私が責任を持って拓海君を守ります」


「はい! 拓ちゃんは任せてください!」


 急に何言い出してんのこの人達!?


 それに対し、母さんは「ふぅ~~~ん」となにやらイタズラっぽい笑みを浮かべる。

 そして、その笑みが嘘であるかのようにニッコリ笑顔に変えて言った。


「それじゃあ、二人とも拓ちゃんをよろしくね! お母さん、どっちでも大丈夫よ!」


 ん?


「はい、必ず」


「頑張ります!」


 もしかして今の一瞬でとんでもないやり取り行われた?

 そう思うのは夏の日差しに頭がやられてるせいなのか。


 少なくとも、アブラカダブラしなくても夏の魔物が勝手に二人を攫ってきた事実は変わらなかった。


「拓ちゃん、行ってらっしゃい!」


「ハハッ、行ってきます......」

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