第98話 だって、良いじゃないですか......

「夏休み......そうだ、海へ行こう。というわけで、海に行くことになりました」


「そんな京都に行くみたいなノリで言われてもね」


 夏休みの休日、俺は永久先輩と猫カフェにいた。

 なんで猫カフェかというと、単に先輩が行ってみたかったらしい。

 そんでもって現在、先輩の膝の上には二匹の猫が鎮座していた。


 先輩は膝上の猫を撫でながら、言葉を続ける。


「結局、あなたは友達に全部言ったのね」


「不味かったですか?」


「まさか。友達がごく少数な私なら未だしも、あなたのほどの人数がいればどこに目があるか分からないでしょ?

 そう考えればきっとバレるのも時間の問題だったでしょうから問題ないわ」


 先輩がそう思ってくれるのなら良かったわ。

 やったことが大きなお世話だったら流石に自分に嫌気が差してたところだし。

 まぁ、一応夏休み前に話した時に多少話していたとはいえね?


「それで勝手に決めちゃったことですけど、先輩的にはどうですかいけそうですか?」


「そうね、問題ないわ」


 そういう割にはどこか浮かない顔をしているような気がするが。

 先輩の様子を伺っていれば、周りから猫がわんさか寄って来る。


 いくら猫カフェの猫が人懐っこい性格ばっかとはいえ、なんだか集まり過ぎじゃなかろうか。

 膝上に何匹も乗ろうとすんじゃない。あ、こら! 俺の背中から登ろうとするんじゃない!


「ふふっ、じっとしてて体温が高いから寄ってくるんでしょうね。

 にしても、そう何匹も集まっている姿を見てしまうとなんだか嫉妬するわ」


「先輩にもそういう感情あるんですね」


「前も言わなかったかしら? 私は自分でも自覚するほどには、そういった負の感情を持ち合わせてるタイプよ。

 いつだって自分と相手を比べて、自分の不甲斐なさに幻滅しているわ」


 なんともコメントに困る返しだ。

 先輩の過去を聞いてしまったからこそ、余計にそう思ってしまう。

 先輩から話題に出して茶化してきたとはいえ油断することなかれ。

 安易に触れていい話題ではない。


「にしても、私を呼びだした理由ってそれだけ?

 わざわざこうして彼女らしくおめかししてあげたのに」


 先輩の格好は実にシンプルで、襟がついた白いのワンピースだった。

 まさに絵に描いたような美少女がそこにはいた。

 室内にいるもんで雪のように白い足が見えて......うん、目が吸われるなぁ。


「先ほどからチラチラと視線が来るのだけど、拓海君って脚フェチだったりするの」


「いえ、違います。ただの生理現象です」


「それってもはや認めてないかしら」


 やめて、それ以上刺激しないで!

 体が年相応の反応しちゃって俺自身でも困ってるんだから!

 精神年齢ばっかり年取ってるから、妙に罪悪感を感じるんだよ!


「ふふっ、拓海君ってからかえばそれなりに反応するけど、案外大人びた対応ばっかりするからなんだか意外だわ」


「大人びたって......俺のどこら辺にそんなことを?」


「だって、あの二人の女友達がいて色恋沙汰に見向きもしないんだもの。

 普通はあれだけ距離感が近くなれば、付き合ってみたいとかなんとか思いそうなはずなのに......ドキドキしたこととか無いの?」


 先輩が裕福な家に住む奥方みたいに白い毛並みの猫を撫でながら聞いてくる。

 この会話って全く持って恋人同士がするような会話じゃないよな。

 まぁ、偽りの関係性だから仕方ないと思うけど。


「普通にありますよ、それぐらい。でも、自制してるんです」


「それが良く分からないわ。前に似たようなことを聞いたけど、拓海君って自分の自己肯定感が低く見積もってそうだけど、それが理由っておかしいんじゃないかしら?」


「どういう意味ですか?」


「ワタシとこのような不純な関係を結んでるけど、普通は偽物でも愛すればその人にとっての本物になるはずだと思うの」


 それって......つまり、俺が先輩に対して恋心を持たないのかってことか。

 確かに、先輩は美少女であり、その人とこんな関係は俺の人生の中でも他人の人生の中でもまずないだろう。


 それにいくら互いに目的があったとはいえ、関われば必然的に互いの関係性は密になってもおかしくない。

 そう考えれば、俺の今のこの気持ちのブレなささっておかしいと言えるのかもしれないな。


「正直、自分でもわかりません。無意識に釣り合わないとか思ってるんだと思います」


「自己肯定感の低さが根底から存在するってわけね。

 であれば、その感情の蓋を開けない限り、拓海君に春は訪れなさそうね」


 先輩はズバッと言ってきた。

 まさしくその通りなんだが、もう少し優しい言い方はないのだろうか。


 確かに俺は今の所そういう意識は向けてないが、一切そういう気持ちがないわけでは......アレ? いつからそんなこと思うようになったんだ?


「そういう先輩はどうなんですか? 聞いてるこっちからすれば、特大ブーメランの発言に思えるんですけど」


「ワタシは......贋作は嫌いじゃないわ。だって、気持ちの持ちようだと思うから」


 先輩はほんのり頬を染めながら、目線を下に向けて答えてくれた。

 待ってください。その言葉って単純にそのような意味ってことですよね?


 たまたま恋愛話題になってたからなだけであって、別にそういう話題に対して言ってるわけじゃないんですよね?


「拓海君」


「ひゃいっ!」


 やっべ、変な声出た。


「どうせ今デート中なら、少しワタシの買い物に付き合ってくれない?」


 そんな先輩の提案を受けてから、俺は先輩に連れられてショッピングモールにやって来た。

 本好きな先輩の行動を考えれば、たぶん向かうのは本屋だろうな。

 思えば一緒に来るのは初めてだな。


「新刊でも出たんですか?」


「いえ、違うわ」


 どこか緊張した様子でエスカレータを上がっていく。

 普段の毅然とした態度をする先輩からすれば、違和感を感じるような雰囲気だ。


「こっちよ」


 先輩が俺を誘導しながら歩いていく。

 すると、やってきたのはレディース向けのアパレルショップだった。

 すぐ近くには水着を着たマネキンの姿がある。

 おっと、これはもしや......?


「水着を買いに来たんですか? それも俺を連れてきたということは、俺に意見を求めて?」


「......そういう変に察しが良い所は嫌いだわ」


 先輩が顔をそっぽ向けてぼやく。

 あ、耳が真っ赤だ......うっ、見なければ良かった。同調しちまう。


「行くわよ!」


「うす」


 先輩の動きに、俺は後ろからついていく。

 それから、先輩は色々な水着を物色しながら、俺に見せては意見を聞いてきた。

 なんでその買い物に玲子さんやゲンキングを呼ばなかったのか。


「どっちの方がワタシに似合うかしら」


「こっちのパレオタイプじゃないですかね」


「......そう、こっちが好みなのね」


「そういう言い方は良くないと思います!」


 確かに、嫌いじゃないですが!

 純粋に先輩に似合うと思って選んだ......ってそれだけでそうなりますね! はい!


「もう少しだけ意見が欲しいわ。だから、付き合ってくれる?」


 先輩があざとく上目遣いしてくる。

 本人はきっと無意識なんだろうけど、身長差とかでそう見えてしまう。


 それにたぶんだけど、前に話してちょっとばかしスッキリしたとかあって、それで幼い部分が見え隠れしてるような気さえする。


「はい......」


 しかし、それは先輩がようやく本来の姿を見せてくれたということで喜ぶべきことなのか、遅いと悔しがるべきなのか。

 もちろん、先輩が意図的に亡き兄の真似をしていることも否定するつもりはない。


「それじゃ、こっちと比べるとどう?」


 それはそれとして、この苦行は耐えなければいけない。


「それもさっきの方が良いと思います」


「パレオ好きなのね」


「.......嫌いではないです」

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