第97話 そういうこと?

「――というわけで、俺は実は先輩と付き合ってないんだ!」


 夏休みに入ってすぐの頃、近くのカフェに大地、空太、隼人の三人に集まってもらった。

 そして、俺はこれまでの先輩との関係を正直に白状した。


 その際、玲子さんとなんやかんやあった部分は伏せて置いた。

 そこに関しては別に言わなくても伝わるし、言うったら言ったで面倒な説明をしなきゃいけないと思ったから。


 とにもかくにも、そんなことを懇切丁寧に説明したにもかかわらず、この三人は思ったより反応が薄い。

 それこそ大地なんて「マジか!?」とか言うと思ってたんだけど。


 俺の話をドリンク飲みながら聞いてるし、隼人は相変わらずスマホを片手に持っている。

 空太だけ真面目に聞いてくれた。それだけで嬉しいよ、俺は。


「なんだか反応がやたら薄いんだけど、もしかして知ってた?」


 俺は率直に聞いてみた。

 正直、隼人なら未だしも大地と空太にはバレてない自信があったんだけど。

 しかし、この反応の淡白さは知ってなきゃおかしいよな。


 大地はズコココーッとストローでドリンクを飲み切った音を立てる。

 それを机に置けば、俺の質問に答えてくれた。


「いや、知ってはいなかったな。それは本当だ」


「なら、予想がついてたってこと?」


 それならいつから? いつからバレてたんだ?


「まぁ、予想が無かったと言えば噓になるが、根拠を言うとすれば、久川さんの反応があまりに淡白だったからというか」


「どうしてそこで玲子さんが出てくるんだ?」


 確かに、玲子さんは先輩とやり取りする場面はあったと思う。

 しかし、それは基本的に俺を交えての話だし、表情に感情から現れにくい玲子さんの反応から状況を察するなんて至難の業だと思うけど。


 俺の質問に大地は腕を組み、口を歪ませる。

 なんとも言うに言えない雰囲気というか、説明しようにも言葉が出ないみたいな雰囲気が伝わってくる。


 結局、大地の応答待ちでしばしの間が開くと、空太がこっちに質問してきた。


「別に協力するのは構わないんだが、それは本人の了承も得てるのか?」


「うん、そこら辺は大丈夫。それに言ったところで、お前らだったら信用できるし」


「なら、後はあの二人だな」


 隼人がスマホを机に置くと、サンドイッチを片手に持って聞いてきた。

 あの二人って玲子さんとゲンキングのことだよな?


「ま、あの二人じゃお前に頼まれたら断るなんてことはし無さそうだけどな。

 だが、あんまいい気はしないだろう。

 後で、お前なりのフォローを入れておくこったな」


「どういう意味?」


「選択肢は多いにこしたことはねぇって話だ」


 それがどういう意味だって聞いてんだけど。

 当然あの二人には先んじて頼んであるよ。


 さすがに永久先輩の悩みを野郎だけで解決できるとは思わないからな。

 女性側の意見は十分に必要だってわかってる。


「で、具体的にどんなことをしようと思ってんだ?

 その先輩は何が悩みの原因かハッキリしてねぇんだろ?」


 大地が聞いてきた。

 おい、それを話し合うために召喚したんだぞ。

 とはいえ、具体的な方法があるわけじゃないが、先輩に対して何も考えてないわけじゃない。


 先輩の悩みの種は結局のところ亡き兄に対する想いだと思う。

 

 先輩は俺に対し、俺を兄に見立てて懺悔するように過去を言うことで、心の整理をつけようとしていた。


 それを行った結果は、半分成功で半分失敗という感じだ。

 成功だと思ったのは、先輩が僅かながらに見せた“本来の姿”と思わしき、あどけない笑顔を見たからだ。


 普段の大人びた微笑ではなく、幼い少女が見せるような明るさを放った笑み。

 それが本来の先輩の姿なんだとすれば、当然ながらそれを邪魔しているのが兄の存在である。


 しかし、先輩にとって兄は尊敬する偉大な人であり、その姿を思い浮かべては体にトレースするほど。

 今の先輩が出来上がった原型に他ならない。


 つまり、先輩が兄の面影を演じたまま解決させるのがベストなのか、兄の存在を取っ払って本来の先輩へ戻すよう解決させるのがベストなのか。


 これが現状の俺の悩みである。

 どちらにせよ、このどちらかの答えに導くまでに、先輩には自身の気持ちを理解してもらわないといけないわけで。


「一先ず先輩には先輩のお兄さんとの過去を思い出してもらってる。

 過去の出来事をなぞって行動すれば、何か答えが見つかるんじゃないかって思って」


「なら、俺達がやるのはそれ以外ってことになるのか......う~む」


 大地が腕を組みながら、悩むように眉を寄せた。

 俺も考えていると、肘を机につけながら手を口元に覆って考える空太が聞いてきた。


「ちなみに、女子二人の方は何か言ってたか?」


「いや、特にこれといって連絡は来て無いな。

 何か思いついたらすぐに共有するって言ってたし」


「そうか......」


 空太も悩み始めた。う~む、四人もいれば何か出ると思ったが。

 いや、そのうち一人はサンドイッチを食ってたな。


「なぁ、拓海一つ聞いていいか?」


 サンドイッチを食い終わったのかおてふきで手を拭く隼人は横目で視線を送って来る。

 聞くのはいいが、先に口の物を呑み込んでからにしなさい! と思いながら、返答した。


「なんだ?」


「それは本当にお前がやるべきことなのか?」


 ん? それはどういう意味だ?


「やるべきって......そりゃ、俺が言いだしたんだから手伝わないと」


「確かに、約束を守るのは大事だ。

 やると言ったのなら、最後までやるのが筋だろうな」


「だったら――」


「けど、今のお前は仮にも恋人なんだろ?

 だったら、もう少し恋人の気持ちを読んでやるのがいいんじゃないのか?」


 隼人の言葉が気になったのか、大地が俺の疑問を代わりに答えてくれた。


「だから、それが今こうして悩みを一緒に解決するっていう寄り添い方をしてるんじゃないのか?」


「一人ならそれで手一杯だ。仕方ない。

 だが、拓海、お前は俺達という協力者を呼んだ。つまり、人数がいるわけだ。

 一つを一緒に考えるのもいいが、あまりに効率が悪い。

 なら、考えるのは別の人間に任せて、お前はもっと広い目で見るべきだ」


「広い目......」


「あぁ、お前は本当に恋人を悩ませるだけなのかって話だ。

 恋人なら普通は一緒にいて楽しむものだろ?」


「っ!」


 俺は目が覚めた気がした。

 なんだかんだコイツにはいいパンチをもらうな。

 まぁ、なんだかこれまでの言葉がなんだか隼人らしくない気もしたけど。

 だって、コイツ彼女いたことないみたいだし。


 とはいえ、正しく隼人の言うとおりだと思う。

 俺はこれまで先輩の恋人らしい行動をしてきたことがあっただろうか。

 ずっと先輩の言われるがままについていっただけじゃないのか?


 きっと偽物の恋人という気持ちがそういう意識を向けさせていたんだろう。

 しかし、俺は偽物であっても、彼氏なんだ。


 ならば、陰鬱な気持ちを抱える先輩を楽しませるってのは当然の行動かもしれない。

 それに案外そういう方向から答えが見つかるかもしれないしな。


「......ハァ、これでクソ姉貴に借りが出来たか――」


―――ガシャン


「あ、ドリンク零した」


 隼人が何か呟いたような気がした直後、俺の目の前で空太がドリンクをひっくり返した。

 ドリンクが机の上にオレンジ色の液体を広げていく。

 あまり量がないようで助かった。ふぅー、びっくり。


 俺と大地がいそいそと片づけをしていると、隣の隼人が言った。


「拓海、夏と言えばなんだ?」


「ん? プールとか?」


「惜しいな。正解は海だ」


 だから?......えっと、まさか?

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