第93話 些細な日常の変化
友達との和気あいあいとした打ち上げも終えての週明け。
つまりは夏休み前の二週間ちょいの平日に戻ったわけだが、そんな俺の日常に少し変化が起きた。
まぁ、体育祭であれだけ色々とやったし(というか、やたら取り上げられただけなんだけど)、もはや悪目立ちも悪目立ちで、またあらぬ話題が出ているのか――と思いきやそうではなかった。
通り過ぎる生徒達、その中には俺に対して相変わらずの目をする人もいるが、一方で何やら悪意とは違う目線も受けるようになった。
俺が思っていたよりも、悪い噂は聞こえず、むしろ何やら好意的な声すら聞こえるような。
「......妙だな」
俺に対するヘイトが少なすぎて逆に懐疑的になってしまう。
もっと炎上のブタになっているかと思ったのに。
別に罵声を浴びて喜ぶ趣味は無いが......これはこれとして急な距離感の変化で戸惑う。
まぁ、俺に対するヘイトが少なくなったとならそれに越したことは無い。
俺はこの学校生活を全力で取り組み、やり直すことは心に決めている。
だが、何も生徒会長になって学校の覇権を握るといった意志は持ち合わせていない。
つまり、俺の日常レベルが上がったのだ! 喜ばないはずがない!
とはいえ、俺に対して誰彼構わず話しかけてくるといった感じはなさそうだ。
気軽に話しかけてくれても構わんのだが、恐らくこれまで悪意的な視線をしていた人が印象が変化したことで罪悪感を感じているのだとしたら話しかけずらいのも当然か。
―――翌日
もはや俺の日課となっている朝の掃除。
印象操作はちっとも出来てる印象はない。
なぜなら、慣れたことで効率が上がり、他の生徒がつく前に終わってしまうのだ。
当初の予定では、この頑張ってる姿を誰かに見てもらうことで“俺はもっと良い奴だぞ”とアピールすることだった。
しかし、それは大地と空太に出会って以来、めっきりと無くなってしまった。
理由は主にさっきのもあるが、わざわざ学校に早く来る必要も無いからという理由が大きいだろう。
俺だってあと10分寝れることなら寝るよ。この10分はデカい、マジで。
そんなこんなの目的で続けてきたことも二か月も経てば、ちょっとしたやりがいも出てくるもので。
もはや目的度外視で俺は教室の掃除をしてる。
「何やってんの?」
珍しくドアが開かれたと思ったら、一人の女子生徒が声をかけてきた。
明るい茶髪のボブのあの人は......島村さんだっけな。
まさか声をかけるとは思わなんだ。
「見ての通り、朝掃除さ。悪い、机まだ下げてない」
現在、教室の教壇側に机を寄せて、出来たスペースにせこせこと箒を動かしている最中。
予定なら後15分は誰も来ない予定だったのに。
これは少し悪いことをしたな。
島村さんは何か考えるような仕草をすると、口を開いた。
「そっか。それじゃ、手伝ってあげるよ」
「え?」
思わぬ感触の返しに思わず言葉が詰まってしまった。
俺、特に女子からは嫌われてる印象しかないと思ってたのに。
玲子さんやゲンキングが特別優しい人だとばかり。
「私、ほんとはこんな朝から来る予定は無かったんだけどさ、昨日夜友達とついつい長電話してたら課題やり忘れちゃって。
で、当然ながら家だとやる気出ないから、なんとかここまで来て課題終わらそうと」
「なるほど......」
「でも、まさか早川君が朝からそんなことやってるなんて知らなかったよ。
さすがに誰かが掃除してるのを知ってて自分だけ課題やってたら、なんだか気が散っちゃう気もするし。だから、手伝う」
あ、そういう意味ね。
「あと、個人的な償いも込めて......かな」
「償い?」
「あ、ううん、なんでもない!」
島村さんは慌てたように首を横に振った。
思わずポロッと口に出てたことが恥ずかしいようだ。
しかし、償い、ね。やっぱり、罪悪感とか感じてるのだろうか。
ただの俺の予想でしかなかったんだけど。
「その代わりと言っちゃなんだけどさ、課題教えてくれない?」
「別にいいよ。ただし、金城塾の教えで答えは教えられないけど」
「いいよ、全然‼ マジで助かる‼」
それから、俺は島村さんと一緒に教室の掃除をし、その後彼女の机の近くにいって課題を一緒に解いていった。
なんだか朝から新鮮な気持ちに包まれた。
―――三限目体育
エアコンの効いた教室から外に出たくない病を患いながら、俺は日中の
うだるような暑さは俺をサウナ状態にしていき、全身から猛烈に汗が噴き出していく。
もはやこれだけ汗をかいてるのだから手軽に痩せてくれないか? と思うのだが、人間の体はそんな便利ではない。
今日も今日とて引き続きサッカーの授業。
こんな暑い日に動きたくないが、ここは痩せるためと思って死に物狂いで頑張ろう。
そして、いつも通り隼人か大地、空太のいずれかに声をかけようとしたところ、俺に声をかける人物がいた。
「なぁ、一緒にパス練やらない?」
活発な運動部といった印象の男子生徒。
堂谷君って名前で、大地と度々話してた相手だ。
この人のことは大地からも聞いたことがあってサッカー部らしい。
一瞬突然のことに身構えてしまったが、 別に何か企んでる感じはしない。
「うん、いいよ」
俺は思い切って受けてみることにした。
そしたら普通に優しくパスを返してくれて、ミスキックに対しても優しく笑って済ましてくれた。
それどころか、上手く蹴るコツまで教えてくれた。
体育が終われば、男子臭で満ち満ちた部屋で着替えていく。
嗅ぎなれたニオイではあるが、油断すればちょっとえづく。
そんな状況下で、俺はちょっとしたピンチに陥っていた。
「制汗剤が......ない」
なんなら、汗拭きシートすらも。死活問題である。
男子が女子に嫌煙される理由の三本の指にもはいる(※個人調べ)だろう汗のニオイ。
痩せている運動部の男子ですら気にする怨敵を俺が気にしないはずがない。
俺のような太ってる存在の汗は特にニオイがキツイだろう。
故に、俺はそこら辺のエチケットはずっと気を遣っていた。
誰が好き好んで嫌われてるだろう俺が嫌われる理由を増やすというのか。
しかし、今回それがない。もう一度言おう、死活問題である。
なんでないんだ? と過去を振り返って見れば、朝に制汗剤が少なくなっているのに気づいて、それを家にあるフル容量の物と取り換えたんだっけ。
ついでに汗拭きシートも変えて、それをカバンに入れようとしたのを見事に家に忘れてきた。
まずい、不味いぞ。せっかくなんだか好感度が上がってきたというのに、こんなポカでそれを不意にするのか? それはさすがに嫌すぎる!
「貸してあげる」
俺が焦って荷物の中を探していることに気付いたのか、となりの俺と似たようにぽっちゃりとした眼鏡の男子が貸してくれた。
彼は今西君だったような。
いつもオタクグループでアニメとか漫画の話をしてるのを耳にしてた。
俺もそっちに興味あったから話が合うんじゃないかと常々思っていたが、俺のメンバーが他から見ればイケイケのクラス内のナンバーワンカーストグループなので、妙な関係値にならないようにずっと距離を取っていたのだ。
それがまさかあっちから貸してくれるなんて!
「ありがとう!」
俺はありがたく使わせてもらった。
―――五限目休み時間
「邪魔」
肩をぶつけられて運んでいたノートを落としてしまった。
今のはぶつからないように俺が避けたにも関わらず当ててきた。
つまり、俺に対して良く思わない勢力というわけだ。
いることが分かってたのに、今日が良いことあり過ぎて落差が凄いな。
なんか調子乗ってた鼻っ柱を折られた気分。
あぁ、俺の元気がどこかへ消えていく。
クラス分のノートを持っていたために盛大に散ってしまった。
俺がかき集めている横で他の生徒が邪魔しないように通り過ぎていく。
その一方で、三人組の女子が拾うのを手伝ってくれた。
「ありがとう。助かるよ」
「いいよ、全然。半分手伝ってあげる」
「え」
俺はそう言ってくれた西藤さんの言葉に戸惑う。
黒髪ロングで今でもカーディガンを腰に巻いてる女子だ。
彼女はいつしか前に一緒に学級委員になったのだが、俺と組むのが嫌で玲子さんと代わった相手である。
俺がチラッと他二人に申し訳なさそうな目をすると、それを察したのか西藤さんは「先行ってて」とまさかの俺の手伝いを優先してくれた。
そんな彼女の行動に戸惑いながら、過去の彼女の言動も思い出して気まずい空気の中廊下を歩く。
すると、西藤さんが声をかけてきた。
「早川君、体育祭お疲れ様」
「え!? あ、うん、西藤さんもお疲れ」
「どうして急にって思ったでしょ?」
思ったよりも聞きずらいことをズケズケ聞いてくる。こういうタイプか。
別に前みたいに睨むような視線が無いからいいけど。
俺は若干オドオドしなければ頷けば、西藤さんは言葉を続けた。
「言いたかったんだ。体育祭のあの姿を見てからずっと。
でも、言えずじまいだったから今言った」
「......言いづらいことを聞くけど、西藤さんは俺のことが嫌いだったんじゃなかったの?」
そう聞くと、西藤さんは俯きながら答えた。
「たぶんね、そこまで嫌ってなかったと思う。
というより、ファッションのように嫌ってたかも」
「ファッション?」
「あの時の早川君さ、イジメられてたでしょ?」
「っ!?」
俺が言葉に詰まれば、西藤さんは苦笑いを浮かべる。
「たぶんほとんどの人は気づいてる。
気づいた上で無視してた。自分に関係ないことだから。
あの不良グループが怖かったってのもあったかもしれない。
だって、誰かがターゲットの間って自分は安全でしょ?」
「......」
「だけど同時に、いつ自分にそれが向くか恐怖してた部分もあったかもしれない。
だから、特に早川君を嫌う理由が無くても、理由を作って嫌ってた。
今更ながら幼稚だったと思う。だから、これは言わせて欲しい」
国語準備室に辿り着いた。
西藤さんはノートを近くの机に置くと、俺に体を向ける。
そして、丁寧に頭を下げた。
「これまで酷いこと言ってきて、思ってきて――本当にごめんなさい‼」
まさかこんな日が来るとは。
俺を嫌ってた女子が俺に謝る光景。
しんとした空気に包まれ、代わりに俺の心臓の音が僅かに音を大きく鳴らす。
正直、驚いた。別に望んでいたわけじゃない。
だが、少しばかりは思う所もあったのだろう、心なしか少しだけ劣等感が晴れた気がした。
とりあえず、頭を上げてもらおう。
「頭上げて。大丈夫だから」
「許してくれるの......?」
「許すも何もさして当然の行動じゃない? だって、結局わが身可愛さだよ。
俺だってそっちの立場だったらそうしてる」
これは間違いなくそうだと言い切れる自信がある。
良くない自信だけど。
人間、結局自分の安全が一番なんだ。
自分が如何にして心の平穏を保つか。
そりゃ、なんで毎日ビクビクしなくちゃいけないんだってな。
俺が今“おかしな”行動をしてるのは俺がそれで失敗してるからだ。
失敗してるのに気づいたまま放置して、挙句の果てに大切な人を失った。
だけど、西藤さんは今この時点で失敗を失敗のままにせず清算した。
それだけで偉大な人間だって思うね。
「だから、西藤さんは悪くないよ。もちろん、他の人も。
むしろ、俺は自分が悪いと思った行動に対してちゃんと反省し、謝れてる西藤さんを尊敬する」
「......っ!」
西藤さんの顔が僅かに赤くなる。
しかし、潤んだ瞳が俺の視線から離れることは無かった。
俺の体が僅かに震え、手に力が入る。
「そっか......」
西藤さんは小さく呟き、腕で目元を擦りながら、足早にドアに向かった。
ドアに手をかけ一歩踏み出せば、満面の笑みで言った。
「そうそう、体育祭の時の早川君カッコ良かったよ!
これからもなんか手伝いあったら声かけて! 手伝うからさ!
それじゃ、先教室戻ってる!」
西藤さんの姿が消える。
その姿を見ながら、俺は鼻をすすった。
その数秒後、目元から熱い“汗”が溢れ、やがて流れ落ちる。
「俺......頑張って来て良かった」
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