第92話 慰労会の午前祭#2
玲子さんの家に招き入れてもらった。
3LDKは余裕であるな。白い壁紙で、茶色い床に、緑色のソファと全体的に大人っぽい雰囲気がある気がする。
そこはまさにバラエティ番組で紹介されるようなオシャレな空間が広がっていて、なんだか俺が歩いていいのかという気分にさせられる。
わぁ、黒色のキッチンだ! こんなのテレビでしか見たことねぇ!
俺の足取りは自然とロボットが行進するが如くぎこちない足取りになっていく。
玲子さんは「実家のように居てくれて構わないわ」と言うが、こんな実家はかえって居心地が悪い気がするんだが。
田舎の少年のように一時はタワマン暮らしに憧れていたが、実際来てみれば割にこじんまりとした一軒家の方が良いわ。
玲子さんには絶対に言えないけど。本人の家だし。
とりあえず、玲子さんに促されるままにソファに座る。
いつもより姿勢が正しくなってしまう。
まるで俺の背骨がソファの背もたれと斥力を発生させてるみたいだ。
正面には壁に取り付けられた俺の身長ぐらいはありそうな4Kテレビ。
もはや画質うんぬんの話は目の肥えてない俺にはわからない。
家よりも少し奇麗に映ってるなぐらいにしか思えないんだが。
「......」
そういや、今更ながら俺は玲子さんの家に来て良かったのだろうか?
疑似とはいえ、俺の身分は恋人持ち。
となれば、彼女持ちの男が友達とは女子の家に行くのはよろしくないのでは?
まぁ、あの永久先輩が俺が玲子さんの家にいると聞いて、何かリアクションするとは考えづらいんだけど。
「どうかしたの?」
部屋に荷物を置いてきた玲子さんが戻ってきた。
彼女は俺の横に座れば、覗き込むように聞いてくる。
相変わらずこの人のパーソナルスペースは近いな。
拳一つ分しかなくて、腕とか若干触れてるんだけど。
腕を内側にしまっても肩まで当たるし。
いやまぁ、ね? 嫌かと聞かれたら、俺も男ですからと言うしかないけど。
「なんというか、俺がここに来ても本当に良かったのかなって」
「問題ないわ。私も拓海君の家に行ってるんだから。
私も家に招かなければフェアじゃないわ」
「別にそこに公平さを求めてはないんだけど。
単に、俺は疑似とはいえ彼女持ちなわけだし、こういうの良くないよなって」
「全然問題ないわ」
玲子さんの即答に耳を疑った。
委縮して下げていた視線を玲子さんに合わせれば、どこか暗黒微笑を漂わせる雰囲気で言葉を続けてくる。
「確かに、相思相愛であればそれはダメよ。
だって、付き合うということは多少なりとも独占欲が働くものなのだから。
拓海君だって自分がせっかく苦労して手に入れたSSRのカードを売りたくは無いでしょ?」
「それはそうだけど」
「それと同じよ。今の拓海君は一時的に恋人関係という鎖に縛られてるだけに過ぎないの。それも偽物のね。
拓海君が結果的にもここへきてしまった時点で、心の底では白樺先輩との関係性を希薄なものと捉えている。
だから、ここに来るまで疑問に思わなかった」
なんともぐうの音も出ない言葉だ。
さっきだって俺のこの行動を先輩は気にしないだろうとタカをくくっていた。
つまり、俺は今の先輩との関係性を友達の延長線上に肩書がついた程度に思ってるということだ。
そりゃ、俺は先輩のことを何も知らないよな。
知ろうとして動かなかったんだし。
でも、先輩は俺に何やら秘密を打ち明けてくれそうな様子だった。
それに対し、俺のこの行動は......たとえ関係性がなんと言おうと裏切りではないか?
玲子さんの言葉が思ったよりも心に深く刺さり、頭を抱える俺。
そんな様子に彼女はポンと肩に手を置いて言った。
「安心して、それほど悩む必要はないわ。
だって、私は拓海君達の関係性を知っているのよ?
何も知らない人なら未だしも、私なら拓海君が怒られることはないわ」
「玲子さん.....」
「まぁ、少しばかしそれをダシに弄られるかもしれないけど」
それはありそう。
「あの人がずっと一人で意地張ってる時点で何も思われはしないわよ。
心の奥にある感情を封印してる時点で、あの人が望むものは何も手に入らない」
玲子さんが少し目線を下げながらそんなことを言った。
当然ながら、俺はその言葉に首を傾げる。
「玲子さんは何か知ってるの?」
「いいえ、何も知らないわ。
ただ偽りだらけの仮面を被った世界にいたから観察力があるだけよ。
それで言えば、あの先輩は鉄の仮面を被ってるってだけの話。
とはいえ、昨日は少しドアの隙間から顔を覗かせたようだけど」
頬杖をついて呆れながら言う玲子さん。
なんというか玲子さんって――
「なんだかんだ友達想いだよね」
その言葉に玲子さんがギロッと目線を向ける。
「私があの先輩を? 友達想い?」
あれ? 違ったか? なんかものすっごく苦いもの口にしたみたいな顔になってるけど。
つーか、ここぞとばかりに表情が豊かになってるじゃん。
「形式的に友達になっただけでどうせ友達じゃいられなくなるわ。拓海君と関わった時点でね」
ん? どういう意味?
「それに昔の自分を見てるだけで少し癪に触っただけ。
昔の私も自分一人が我慢すればどうにかなると思ってたから。
でも、どうにもならなくて誰かに助けを望んだ時に現れたのが拓海君だった」
玲子さんがニコッとした笑みで見て来る。
急激に俺の体温が上昇するのを感じた。
あれ、おかしいな。玲子さんが気を利かせて冷房を入れてくれたはずなのに暑いぞ!?
「そ、それは......どう、いたしまして......」
「だから、安心して。今度は私が拓海君を助ける番。
そのためには他の人達には申し訳ないけど、踏み台になってもらわ」
すっごく良い笑顔でとんでもねぇこと言った気がしたが、完全に玲子さんの魔性の笑みに魅せられた俺は右から左へ聞き流していた。
「さて、そろそろお昼の準備をするわ。拓海君はそこで座ってて」
「あ、いや、俺も手伝うよ。それに最近は料理の勉強もしてるし、良かったら教えてくれないか?
まだチャーハンは作ったことないんだ」
「っ!?」
玲子さんは驚いた顔をすると、サッと後ろを振り向いた。
あれ、もしかしてダメだった? ん? あ、大地からメール来た。
「これってもしかしなくても台所の共同作業というやつよね?
まさかこんな所で思わぬチャンスが巡って来るなんて。
やっぱり、朝の占いを信じて行動をした甲斐があったわ。
これは後ろから疑似ハグとか出来るのかしら!?
ん、まだ早まらない! ともかく、ここで何としても胃袋を掴む!」
なんかボソボソとした声を聞いていたが、メールを打つ半分では上手く聞き取れなかったな。
台所がどうとか言ってた気がしたが、もしかしてチャーハンを作る際の分担作業でも決めてるのかな?
「俺は何を手伝えばいいんだ?」
「そ、そうね! とりあえず、味見から?」
まさかの台所に入る資格なし!?
「え、何も手伝わなくていいの? 普通に野菜切ったりとかは出来るけど」
「大丈夫よ。(私が)暴走してしまうと困るから。むしろ、(私を)ずっと見てて!」
「あ、はい.....」
俺は一体玲子さんにどれほどまで料理下手キャラだと思われてるのか。
さすがにレンジを爆発させたり、お皿割りまくったり、台所の大半を泡で埋めたり、未知の暗黒物質を作ったりすることはないと自負してるんだけど。
でもまぁ、確かに誰かに手料理振る舞うってある程度の信用が無いとダメだよな。
ってことは、俺はまだ玲子さんに美味しい料理が作れるほど信用されてないってことかもしれない。
もしくは単純にキッチンは自分の聖域だから誰も入れたくないとか。
うちの母さんがそういうタイプだし。
やるとなったら、手伝いさえさせてくれない。
それからしばらくたった後、玲子さんに作ってもらったチャーハンをしこたま食わされた。
そして出発までの間、ゲンキングに勧められたゲームを持っていたので二人でプレイした。
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